Eno.218 シュパーズ

■ 幸あれ。

 
 青い空に白い雲。広大に広がる水と果ての無い空。
そこでの7日間は楽しかった。本当に楽しかったと、そう思う。





 普段の仕事業務からかけ離れて0から1を作り、脱出まで10の経路を築き上げる。
勿論、俺様1人ではまずもって無理だっただろう。7日と経つ前にどこかがポッキリと折れたとして不思議な話じゃねえ。
だからあの2人の存在は実を言うと俺様の心の支えになっていた。
始めこそは正直言って、不安の方が勝っていたけれどな。
知らねえ場所で知らねえ世界の、それも誰とも知らねえ奴らに囲まれてそうならない奴の方が少ないだろう、きっと。
だからこそ努めて明るく振舞ったのは、"誰か"がそう在る必要があったからだ。何れは時間が解決した問題であっても、
この島に置いて時間がどれだけ重要な事を意味するかを知っていたから。
結果として言えば、2人とも協力的であったことだけでも救われていた。

 ラザルはかなりその、見た目に反して抜けているところがあって。
お茶目と言うかなんと言うか、生真面目さからの天然に近い部分とそれ以上に悩む影が垣間見えた。
アイツが何に悩んでいたかとそこまで聞く機会こそなかったし……出会ってすぐの人間に聞かれるのも不快だろうと言及こそ避けたが、
毎晩いい子に早寝するルディを差し置いて2人で今後の先だとか他愛もない話をするのは結構楽しかったな。
と言うのもなんだかアレだが。実際そうであるのも確かだし。
流石に2人してラムストレートを飲んでまで脱出に向けての話をしてたのはある意味重症だったかもしれねェ。
それこそ、時間があればアイツの世界の魔法にだって聞いても良かったかもしれない。                      もう遅いか。
料理が趣味だと言っていたアイツにそうしてもらう余裕があまりなかったのは申し訳ないが、パンを焼いて喜んでたアイツを見ると
少しは希望に添えたのか? と思わないでもない。
 ……いや。だが、アイツに対して一番申し訳が立たねえのは。2人は出れるところを一人小舟に取り残してしまったことだろう。
2人分になった脱出キット。1人が残れば2人は出れて、俺はその"1人"になろうとした。それが『より多く』の為になるだろう、そう考えていた。
然し結果はそうならず、アイツを一人残して旅立たせてしまったことが本当に心苦しい。
アイツが独りの間は何を考えるのだろう。何を思って、自らの世界に帰るんだろう。
3人全滅にこそならなかったのは唯一の救いだったが。

それでも、アイツには後悔をしてほしくはない。出来れば"悪い経験ばかりでなかった"、そう思ってほしい。 ……まあエゴだがな。


 ルディは正直、初対面じゃどうしたもんかと思っていた。人間と違い天界とやらから派遣された天使サマ。
人間の肉体にこそ落とされているが、価値観も考え方もよっぽど違う事にはすぐ気が付いた。
それに、どうやら感情と言う感情に対する理解が無いらしいことも。 つまり相手が相手なら機械らしいと言われていたのかもしれない。
そういう意味で、少し困っていたのが本音ではある。感情が無くただ研修の為に、研修で成果をだす為だけだというのなら
そこに人間らしさも"個人"を持つことも無い。つまりは個人意思の欠如に他ならない。
これが唯の組織で個人を必要としない傀儡だったのならそれを是とするヤツもいただろうが……俺様はそれが嫌だった。
人間としてこの島に来て、人間としての事を学ぶのならそれの本質がどれだけ天使であろうと。この島にいる間は少なくとも
唯の人間として扱うことを心ひそかに決めていたんだ。じゃなきゃあ、人間のその一端ですら理解は出来ないだろうから。
始めは機械的反応の多く、天使としてのみの人間への献身しか見えなかったアイツだが、俺様と……恐らく特にラザルがうまくやったんだろう。
徐々に喜怒哀楽が見え"やりたいこと"なんかの話が出てきたのも個人的には嬉しかった。
なんでも、天使は食事をしないらしいから今のうちに様々な料理を食べたいとかなんとか。……その殆どは叶えてやれなかったが、まあ。
ピザの1枚で許してほしい。

 船に一向に踏み出そうとしないアイツを見て、恐らくは外れないだろう嫌な予感を得た時には、もう腹を括っていた。
勿論別に死にたかった訳じゃねえさ。これは本当。
でも俺は、アイツをこの島にいる間は唯の人間として扱うと決めた。
だから、結末がどうあったとして、アイツのその先がどれだけ決まってたとしても
人間としてのアイツに"脱出できなかった"という失敗を塗りたくはなかった。唯の人間として、2人で出てほしかった。
ましてや『人間を一人でも多く生かす為に、神の慈愛でもって構築された私は、貴方をここで私の為に死なすわけにはいかないのです』
だなんて天使様々の台詞を聞いちまったからには、ソレにノる訳にはいかなかったんだ。
そうしたら、天使としての言葉と力に預かることになっちまうだろう?
誤算があるとすれば、感情を得たルディが思った以上に意固地だったことか? いや俺様もそうだったけれどさ。
だから後にアイツが助かるとしても半ば道連れにしちまったのは、ああ。なんと言うか。まあ。互い様って奴? 別に恨みも何もねえけどさ。
あ。でも泣きわめくアイツを見てちょっと達成感があったのは内緒。

精々その心の重みを持ってこの先を生きると良いさ。



 青い空に白い雲。広大に広がる水と果ての無い空。
そこでの7日間は楽しかった。本当に楽しかったと、そう思う。
『より多くの為に』『やる事を成したのならば成せる』、俺様の信条だがきっとそうならないことも、ある。往々にしてな。
でもアイツらとの出会いが無ければこんなに充実した7日を過ごせることはなかっただろう。
1日1日が激動の中でもここまでやり遂げられたのはまあ、1つの思い出だわな。
始めに出会って、拠点で話をして、細かい目標から各々の分担を決めて、少しずつ物を作っていって。
ほぼ天然の岩風呂に入ったり釣りをしたり、暇さえあれば木を伐採して。天気が悪くなればみんな必死で限界まで雨水を集めた。
転機が悪くなって嵐を悟れば急ぎ準備して立てこもったり……いやあ、あの時は無理したなあ。
そんで漂着してた船の中を漁って脱出用の船が出来たり。 正直、設計図を使うまでに至らなかったのは少し残念だが高望みは無しってことで。
で、残った時間で料理したり最後に無理言ってドカンと花火を上げてさあ。


これ以上の楽しみはなかっただろうが!!
だから願わくば、祈るのならば―――――








「2人のこの先に、幸あれってな」












ただ。俺様は水に落ちこの島に来た人間だ。そしてもしも。もしも、この海から外の世界の"海"に繋がっているのなら、


◆◆◆











「―――それで、捜索は打ち切りってどういうことッスか」


 私の耳に入ったのは、到底信じられない結末だった。
未来観測生体機構……ある時点での未来に於いて如何なる事象が起きているかを観測させる、異能者を管理し機構にまで落とし込んだモノ。
私たちの間では通称『Kosmos』と呼ばれるそれの維持運営・事象観測班チーフ。シュパーズ・レープハフトの捜索は打ち切られた。
元より変なところが抜けていて、やや後ろを顧みない人間ではあったがまさか『Kosmos』管理用の培養液貯水槽に落下し――

そのまま行方不明になってしまうとは誰に予測できただろうか?


 勿論、チーフは貯水槽内外含め徹底的に捜索された、筈だ。
性格に癖はあるものの、若い『技術屋』にしてその立場に上がった分だけの腕はあるしその分の待遇はあって然るべきだったから。
話に聞けば同じく上層組織である『教会』にも協力を仰ぐ事態にもなったと言うが、何処までが真実かは分からない。
然し結果として。
『消息不明により、これ以上の捜索は不毛である』。それ以上の話にはならなかったのだ。
そして恐らくは、もうこの地下都市には存在しないであろう、強い仮説と共に。実質の死亡者としてその姿を消してしまった。


それで、それで良いんスか!! 仮にも私たちは仲間だったでしょう!!
それをたった、たった一週間だけでそんな決めつけ、無いじゃないッスか……!」


 ……どれだけ泣き叫び懇願してもその末路が変わることは無い。それだけの話だったと、言うしかなかった。








 後日聞くところでは、培養液に一部の"不純物"が混じっていたらしい。

勿論チーフそのものだなんてオチではない。液体同士混ざってしまったが、その内容を分析したところ――"塩水"、否"潮水"らしいと
風の噂で聞いた。もしこれが、もしもこれが異世界に飛ばされてしまったという証左で、打ち切りの原因になったとしたら。


どこかであの人が生きていることを、私はその希望に縋り願ってやまないのだ。




「私は、諦めねえッスから」




To Ce Continued……?