Eno.303 蕩咥蜜喰

漂着までの経緯

 その日、蜜喰は友人の美琴とキャンプをするための買い出しへと出掛けていた。
肝心の美琴はというと暑さで外出を渋り、結果ひとりで大荷物を抱えて歩くことになったのだ。
今後車の免許を取ることを検討しながら、テントの入った収納袋を背負って両手にキャンプ用品の入ったエコバッグを下げて歩く蜜喰。
 ふと、進行方向にある橋の近くに人だかりができていることに気づいて足をとめた。

「ごめんなさい、ここ通れないんですか?」

「なんかこの先でおじさんたちが喧嘩してるみたいで。
 殴り合いかな、警察呼んだんですけどまだ来ないんです」

「殴り合い……すみません、ちょっと通ります」

「あっ、危ないですよ!」

 制止も聞かず、荷物を抱えたまま蜜喰は橋へと走っていく。
大きな負傷を負ってからまだ1ヶ月と経たない身体で無茶をするべきではないとわかっているが、長年人間のためにと生きてきたその心根は簡単に変わるものでもなく。
状況もよく知らないのに止めるために身体は動いたのだ。

 問題の喧嘩をしている男性たちはどうやらかなり興奮しているようだった。お互い揉み合ったのか衣服が乱れている。
慌てて蜜喰が間に割って入った。だが恰幅の良い男性たちは大柄とはいえ女性である蜜喰に臆する様子もなく、興奮したまま何やら互いに怒声を上げている。

「もう!やめてください、警察来ますから!」

蜜喰の張り上げた声も耳に届いていないのか、また互いにつかみ合いになる。突き飛ばしたり拳の応酬の繰り返しに再び蜜喰が割って入ると、逆上した様子の男性が懐からナイフらしきものを取り出した。
流石にこの状況はよろしくないのだが、たとえ怪異の力を失った今の自分が無力な一般人と大差ない体になっているとはいえ、逃げてしまえばもう一人の男性が危険だ。

……身を挺してなんとか武器を取り上げ、二人が負傷しないよう止めるしかない。
そう判断を下すや否や、荷物が詰まった買い物袋を盾にするように構えて刃物を持つ男性に体当たりを仕掛ける。
流石の男も武器を持った自分に向かっていきなり突っ込んでくるとは思わなかったのか面食らった様子。
買い物袋にナイフが突き刺さり、あたりに荷物が散らばる。
刃物を握る男性の手首を押さえて武器を取り上げようとするが、男も空いた手でがむしゃらに蜜喰を叩いて抵抗する。
その手が偶然に蜜喰の長い髪を掴んで引っ張り、これにはたまらず彼女も体のバランスを崩す。
助けに入られた形となったもう一人の男がここで蜜喰を助けようとでも思ったのか、あるいはやられっぱなしでいられないと思ったのか、揉み合う二人に向かって突っ込んできた。
だがしかし状況が悪かった。橋の上の歩道でそんなふうに揉み合っていたのだ。押しのけられた二人は橋の手すりに身体を打ちつけることになったが、長身の蜜喰はそのまま上半身が大きく手すりを乗り越え……橋下の川へと落ちてしまった。

水中に落ちた蜜喰は体勢を立て直そうとするが、背中に背負っていたテントの入った収納袋や手に下げていた買い物袋が重荷となって上手くいかない。そのまま川の流れに揉まれつつ、下流へと流されていく。

周囲の人々が助けに駆けつける頃には、彼女の姿はどこにも見当たらないのだった……