魔導書をぞんざいに扱わない、丁寧な人

「…………」
今、ここに野菜を食べた時の効能が書かれている、
元は無難な魔導書であった筈の、今はしわしわの、
海水でインクの洗われた魔導書がある。
さらにその上を新たな書き置きによって上書きされており、
今後このしわしわの魔導書は、この島に居合わせた漂流者たちの連絡網となる……予定である。

「本をぞんざいに扱わない、丁寧な人にお願いされたのですが」
こればかりは、と重たい肩を落としていた。
まさか、つい先程までの自分は思いもしないだろう。
ほんの一週間程度の簡単なおつかいの道中で。
昨晩の雨で水量の増えた大河を渡す船に乗り、
それが強風でひっくり返されるとは。
泳ぎは達者も達者であるから、
泳げばどこかに簡単に着くはずだったのに。
水中を流れていた流木に頭をぶつけ、
目を覚ましたら海まで流されているとは。
防水のために魔法をかけていたそれが、
この島に働く力の影響かみんな解けてしまっていたのも。

「こればかりは予測なんてつくはずないでしょう……
私とて冒険者です。生きる事を優先する事なんて、
いくらでもありますから」
フートは確かにこの依頼を受けるのに適した人物ではあった。
聖海の教えを守り、知恵を求める事を良しとし、
冒険者の中では飛び抜けて丁寧な物腰。
だが最早この完全に水を吸い、その後乾き、原型を失った魔導書が元々の役割を果たす事はないだろう。
依頼人に頭を下げて差し出すのも忍びないほどの損傷。
ならばせめて、何かに役立てよう。
それくらいの強かさが、人魚にはあった。