Eno.204 半人半鯨のフート

魔導書をぞんざいに扱わない、丁寧な人

「…………」



今、ここに野菜を食べた時の効能が書かれている、
元は無難な魔導書であった筈の、今はしわしわの、
海水でインクの洗われた魔導書がある。

さらにその上を新たな書き置きによって上書きされており、
今後このしわしわの魔導書は、この島に居合わせた漂流者たちの連絡網となる……予定である。

「本をぞんざいに扱わない、丁寧な人にお願いされたのですが」



こればかりは、と重たい肩を落としていた。
まさか、つい先程までの自分は思いもしないだろう。

ほんの一週間程度の簡単なおつかいの道中で。
昨晩の雨で水量の増えた大河を渡す船に乗り、
それが強風でひっくり返されるとは。

泳ぎは達者も達者であるから、
泳げばどこかに簡単に着くはずだったのに。
水中を流れていた流木に頭をぶつけ、
目を覚ましたら海まで流されているとは。
防水のために魔法をかけていたそれが、
この島に働く力の影響かみんな解けてしまっていたのも。

こればかりは予測なんてつくはずないでしょう……
私とて冒険者です。生きる事を優先する事なんて、
いくらでもありますから」



フートは確かにこの依頼を受けるのに適した人物ではあった。
聖海の教えを守り、知恵を求める事を良しとし、
冒険者の中では飛び抜けて丁寧な物腰。

だが最早この完全に水を吸い、その後乾き、原型を失った魔導書が元々の役割を果たす事はないだろう。
依頼人に頭を下げて差し出すのも忍びないほどの損傷。

ならばせめて、何かに役立てよう。
それくらいの強かさが、人魚にはあった。