Eno.96 バイパー

十二頁目

天気はぐずついている

食料が足りないと、話す声が聞こえた

昔のことを思い出していた。
あの船で私は奴隷だった。
名前はない。親もいない。年齢も分からない。
あの船に乗っていた経緯も知らなかった。

私に自由はなかった。
所有の印である枷を嵌められ、船内や港での雑用をさせられ、僅かなパンを倉庫の隅で齧ってそのまま眠りにつく。食料が足りなくなれば真っ先に減らされるのは私に与えられるパンだったが。

虐げられていたわけではなかった。失態を犯せば殴られたが、理不尽な暴力は無い。船長の酒の相手をすれば上機嫌に昔語りを聞かされた。名前の無かった私にも、他の船員はよく声をかけてくれた。
きっと私はあの場に満足していたのだ。間違いなくあの船には私の居場所があった。