Eno.682 何森究

無題

小学生の頃、たまたま手に取った雑誌がきっかけだった。

あの音楽雑誌が、よく特集組んでるやつ。「二万字インタビュー」。
そこで取り上げられていたのは、ベテランとして名高い歌手だった。

バンドのフロントマンとして培った長年の経験に裏打ちされた言葉の重みは、
まだ子供だった俺がすべてを理解するにはいくらかの時間を要した。

それ以上に当時の俺の心を貫いたのは、インタビュー記事に添えられた彼の写真だった。
ステージ上の音が、熱が、汗の一滴が、くっきりと切り取られたかのような横顔。

父親とそう変わらない年齢の横顔は、子供の俺が憧れるには十分だった。



それからというもの、俺は親の使い古しのコンデジで、さまざまなものを撮り始めた。

俺もあんな写真が撮りたい。

――違う。

俺は、彼を撮りたかった・・・・・・・・

大人になるのを待っていたのでは遅すぎる。
とにかく撮って、撮って、撮りまくった。

その熱意が絶え間なく続くことで、いつか彼に辿り着けるんじゃないか。
具体的な将来設計さえ考えもしないうちから、俺はそんな風に夢想していた。



そして去年、メディアにこんなニュースが載った。

人気ロックバンド・――は8日、公式サイト上で解散を発表した。
ヴォーカルを務めた――氏(56)は、……




そりゃあショックだった。言葉に出来ないほど。

彼の豊かな言葉に背中を押され、俺は自分の名前に応えるように好奇心の幅を広げていった。

でもだめだった。間に合わなかった。



7月30日、夕方5時。
全国ドームツアーの東京公演を最後に、彼は舞台を降りる。



俺には好きなものがたくさんある。
やりたいこと、行きたい場所は尽きなくて、24時間じゃ一日が足りない。

彼を撮るという大いなる目標が失われるからといって、
人生の何もかもが台無しになる訳じゃない。

そんな風に俺を支えてくれたもののひとつは、間違いなく彼の音楽と、生き方だった。



解散ライブという、一生に一度の機会。
アリーナ前方。これまでにない神席。
この先の運を使い果たしたと思えるほどの巡り合わせ。



そして今――俺は絶海の孤島で、いつやって来るとも知れない船を待っている。



みんなが居るから、心強い。
独りになれないから、擦り減っていく。



彼が居なかったら、俺は、そもそもこんな風・・・・には過ごせていなかった。……