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あの屋敷には、棺桶に無名の魂が流れ着くんだって。
家主サマから色を分け与えられた迷える魂。
それがトーカ達……畔屋敷の住民なの。
トーカは橙。
家主サマがかつて手放した、温もりの色――
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ばさ、と翼が羽ばたく音が響く。
使用人さんが家主サマを抱きかかえて、湖に浮かぶボートの上に座らせた。

「それでは、俺は上から見ていますので。
何かあったら呼んでください」

「ありがとうI、帰りもよろしくね」

「……さてさて、それじゃあぐるっと一周、行くとしようか」
家主サマは、この閉じられた世界の主なんだって。
なんでも、家主サマの思いのままにできるんだって。
鋭い爪先をくるりと回せば、ボートは勝手に水面を滑っていく。

「今日はトーカとサンドイッチを作ったんですよ。
ピクニック、というものを教えたら、やってみたいと……
なのでお付き合いありがとうございます、家主様」

「でも家主サマ、胃袋ちっさいからたぶん食べれないでしょう。
だから、ラセンとトーカの分しかないよ」

「……んふふ、よく分かってるじゃん、トーカ?」
家主サマといっても、とってもフランクで友達みたいな感じなの。
君達が接しやすいように接して欲しいのだと、前に言っていたっけ。
屋敷での暮らしはどうか。願いとその代償で困っていることはないか。
そんな、トーカたちの中では他愛ない話を、ゆっくりと揺れ進むボートの上でしていた。
ばさり、翼の音が聞こえて、空を見上げる。

「……ねぇ、使用人さんって、家主サマにとっての王子様?」
ふいに口をついて出たのは、そんな言葉。

「え、えぇ? なぁに急に。……うーん、そうだね。
君的に言えば王子様なのかもね、あの子は私の最愛だし、」

「主様ー! それ俺にもばっちり聞こえてますからねー!」

「あぁもう、うるさいんだから……こほん。
えっと、トーカは? ……やっぱり、今でも憧れる?」
羨ましかった。お互いがお互いを必要としている。
……いえ、お互いがいてやっと本当の自分になれているような、そんな憧憬。

「トーカは、トーカだけの王子様といつか出会いたいの。
ラセンじゃなくてね。家主サマにとっての使用人さんみたいな……」

「あー、地味に傷付きますねぇ。
確かに、貴女を観測できる人が僕たちの他にもいたらいい……
とは、思いますけれども」

「ふふっ、……そっか」
トーカはね、自分だけの王子様を探していたの。
でも、そんなものは世界中のどこを探したって、絶対にいないの。
白馬に乗った王子様なんてものは、夢見がちな乙女の妄想だって、わかってる。

「――――、」
家主サマが何かを呟いた。
その瞬間、ボートがふわりと浮いて、咄嗟に水面を覗き込んで。
そこに映り込んだ気がした憧憬に、何故か手を伸ばしていた。
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何も覚えていたくなかった。何も覚えていて欲しくなかった。
悲しいこと、苦しいことを忘れられるなら、楽しい記憶も、なにもいらない。
だから、