選択の罪
「この子が将来の、お前の主だ」
父に連れられて殿の子に会ったのは、数えで十の時。
その時の仮の主は殿だったが、そのうちその子に仕える事になると。
顔合わせの場にいた幼児は、恥ずかしそうに、乳母殿の裾を掴んで背に隠れていた。
その微笑ましさに顔が綻び、膝をついて竹細工の蜻蛉が飛ぶところを見せると、ようやく笑ってくれた。
自分の主。
それが与えられることが、酷く誇らしかった。
***
それは、丁度元服した年だったと思う。
謀反を起こした者に対し、一族郎党皆殺しにするよう主命が、父ともどもに降りた。
親の罪は子も連座。
遺恨を残せば、後々降りかかってくるからだ。
けれど。
厩の藁の中に涙で震える罪人の子を見つけて、鯉口に指をかけ、自分は―――その子を斬れなかった。
斬らない選択を、した。
行け、と。
包囲されてない方向を示して、逃がした。
全く関係のない所で生き延びろと、そう願って。
人を斬れなかった訳では無い。初陣は、元服より前だ。
剣の腕も、師匠から墨付きの。
ただ―――震える子どもの目に、殿の子の笑顔が重なった。
数年後。
お目見え道中の山の中にて、殿がご家族ごと山賊に襲われた。
主の子を害したのは、その時見逃した罪人の子だった。
高らかに敵討ちだと、そう叫ぶ子は。結局他の者に斬り捨てられた。
あの時、殿からの命を守り、その子を斬る選択が出来ていれば。
将来の主は、失われなかっただろう。
見逃した罪を問われて。共謀を疑われて。
与えられた沙汰は、遠島への流罪。
死を与えられなかった事、それを一瞬でも安堵した自分を恥じた。
これはただ、自死を選ぶ誉れすら、与えられない罪なのだと。
この島で、助けが来なければ。船が出来なければ。島が沈めば。
自分は裁かれた事になるだろうか。
この島で、助けが来れば。船が出来れば。島が沈まなければ。
自分は赦されたことになるだろうか。
その時の選択は 間違っていた/合っていた と。
天運に、裁きを委ねたかった。
シュリ殿からの問い。
過去に戻れば、選択を変えられるかと。
分からない。
過去に戻って、果たして自分はその子を斬れるだろうか。
もう一つの問いにも、首を縦にも横にも振れぬまま。
答えを、選べずにいる。
父に連れられて殿の子に会ったのは、数えで十の時。
その時の仮の主は殿だったが、そのうちその子に仕える事になると。
顔合わせの場にいた幼児は、恥ずかしそうに、乳母殿の裾を掴んで背に隠れていた。
その微笑ましさに顔が綻び、膝をついて竹細工の蜻蛉が飛ぶところを見せると、ようやく笑ってくれた。
自分の主。
それが与えられることが、酷く誇らしかった。
***
それは、丁度元服した年だったと思う。
謀反を起こした者に対し、一族郎党皆殺しにするよう主命が、父ともどもに降りた。
親の罪は子も連座。
遺恨を残せば、後々降りかかってくるからだ。
けれど。
厩の藁の中に涙で震える罪人の子を見つけて、鯉口に指をかけ、自分は―――その子を斬れなかった。
斬らない選択を、した。
行け、と。
包囲されてない方向を示して、逃がした。
全く関係のない所で生き延びろと、そう願って。
人を斬れなかった訳では無い。初陣は、元服より前だ。
剣の腕も、師匠から墨付きの。
ただ―――震える子どもの目に、殿の子の笑顔が重なった。
数年後。
お目見え道中の山の中にて、殿がご家族ごと山賊に襲われた。
主の子を害したのは、その時見逃した罪人の子だった。
高らかに敵討ちだと、そう叫ぶ子は。結局他の者に斬り捨てられた。
あの時、殿からの命を守り、その子を斬る選択が出来ていれば。
将来の主は、失われなかっただろう。
見逃した罪を問われて。共謀を疑われて。
与えられた沙汰は、遠島への流罪。
死を与えられなかった事、それを一瞬でも安堵した自分を恥じた。
これはただ、自死を選ぶ誉れすら、与えられない罪なのだと。
この島で、助けが来なければ。船が出来なければ。島が沈めば。
自分は裁かれた事になるだろうか。
この島で、助けが来れば。船が出来れば。島が沈まなければ。
自分は赦されたことになるだろうか。
その時の選択は 間違っていた/合っていた と。
天運に、裁きを委ねたかった。
シュリ殿からの問い。
過去に戻れば、選択を変えられるかと。
分からない。
過去に戻って、果たして自分はその子を斬れるだろうか。
もう一つの問いにも、首を縦にも横にも振れぬまま。
答えを、選べずにいる。