Eno.927 忠義の侍

選択の罪

「この子が将来の、お前の主だ」

父に連れられて殿の子に会ったのは、数えで十の時。

その時の仮の主は殿だったが、そのうちその子に仕える事になると。

顔合わせの場にいた幼児は、恥ずかしそうに、乳母殿の裾を掴んで背に隠れていた。
その微笑ましさに顔が綻び、膝をついて竹細工の蜻蛉が飛ぶところを見せると、ようやく笑ってくれた。

自分の主。
それが与えられることが、酷く誇らしかった。


***


それは、丁度元服した年だったと思う。

謀反を起こした者に対し、一族郎党皆殺しにするよう主命が、父ともどもに降りた。

親の罪は子も連座。
遺恨を残せば、後々降りかかってくるからだ。

けれど。

厩の藁の中に涙で震える罪人の子を見つけて、鯉口に指をかけ、自分は―――その子を斬れなかった。

斬らない選択を、した。

行け、と。
包囲されてない方向を示して、逃がした。

全く関係のない所で生き延びろと、そう願って。


人を斬れなかった訳では無い。初陣は、元服より前だ。
剣の腕も、師匠から墨付きの。

ただ―――震える子どもの目に、殿の子の笑顔が重なった。


数年後。

お目見え道中の山の中にて、殿がご家族ごと山賊に襲われた。
主の子を害したのは、その時見逃した罪人の子だった。
高らかに敵討ちだと、そう叫ぶ子は。結局他の者に斬り捨てられた。


あの時、殿からの命を守り、その子を斬る選択が出来ていれば。
将来の主は、失われなかっただろう。


見逃した罪を問われて。共謀を疑われて。
与えられた沙汰は、遠島への流罪。
死を与えられなかった事、それを一瞬でも安堵した自分を恥じた。
これはただ、自死を選ぶ誉れすら、与えられない罪なのだと。


この島で、助けが来なければ。船が出来なければ。島が沈めば。
自分は裁かれた事になるだろうか。


この島で、助けが来れば。船が出来れば。島が沈まなければ。
自分は赦されたことになるだろうか。


その時の選択は 間違っていた/合っていた と。
天運に、裁きを委ねたかった。


シュリ殿からの問い。
過去に戻れば、選択を変えられるかと。

分からない。
過去に戻って、果たして自分はその子を斬れるだろうか。


もう一つの問いにも、首を縦にも横にも振れぬまま。


答えを、選べずにいる。