Eno.186 Leonhard.H.P

ものを書くということ

資材を保管する手製の倉庫の中に、いつの間にか置いてあったボロボロの石碑。誰がどのような経緯で見つけたかもわからないが、何やら文字が刻んであったため一度読もうと試みた。
結果としては惨敗。損傷と文字の区別がつかず、言語すらもまるでわからない有様。
しかし物書きの性分として興味は尽きないため、その後も思い出したように取り出しては解読を試み、そして挫折した。

転機が訪れたのは、誤って奇妙な石を取り出した時。
事故を防ぐ奇妙な力を持つことで知られていたが、手放しで信頼はできなかったため意図して避けていたものでもある。
当然のように貴重品であり、すぐに倉庫に返却した。

本当に少し、持ち歩いていただけなのだ。
しかし、それだけであの石は妙なことを起こした。
……結論から言えば、石碑は解読ができる状態となったのだ。

『研鑽重ね究めた我が術が果ては、やがて海とひとつとなり、多くのものを蓄えるであろう。
 外海の糧を飲み、富める海へと成った暁を我が見ることは叶わぬが、我は既に満たされた。

 沈みゆく我が故郷レムリア、この碑に刻み記し、かの海へと遺さん。
 どうか、意志なる晶を手にこの碑文を読む者が現れんことを祈る。』


曰く、この島――ひいては海そのものはある術によって構成されたもの。
これにより、島全体の奇妙な生態系などにもいくらかの説明がつくようになってきた。

我々は――この術によって飲まれたものの一つにすぎなかったのだ。