Eno.571 みちる

くらいそこにおろされた、くものいとにからめとられ、







『ちょっと、散歩しよっか。』
『……はい…』


 黒塗りの高級車から降りて、わたしと直彦さんは人気のない夜の公園へと向かう。適当なベンチに座ると、いつ買ったのか、よく目にする冷たいアイスを、ニコニコと笑いながらわたしに渡してくれた。
 …この前は、コンテナの中で人をレンガで*って*してたのに、あの男と比べたら、腹違いで、年の差もずっと離れたこの人の方がまだ安心出来るなんて、思ってしまった。…それも、兄妹きょうだいだから?


『それで、私を呼んだ理由は何かな。』


 棒状のチョコバーを半分くらい食べ終えた辺りで、直彦さんはわたしを見る。左右、色彩の違う目。夜だけれど、生気がない死んだような眼。今からわたしは、悍ましい願いを彼に告げる。


『…わたくしの、義父ちちを、*して欲しい。』


 ぽつ、ぽつ、と。でも、はっきりと。
 それを聞き終えると、直彦さんは僅かに目を見開き、フフ、と妖しく笑った。


『本当に?…嘘じゃないとは思うけど。』
『嘘じゃ、ありませんわ。何が必要ですの?お金?道具?なんだって、しますわ。あの男を、わたくしから、母の元から、消して欲しいの。』
『どうして?その人は、君のお母さんに酷いことをしているの?』


 静かに首を横に振り、わたしは"理由"を話した。
 きっと、この人は嘘が嫌いだ。だから、隠す必要もない。自然とそう分かり、この胸の内にあるドロドロとした憎悪を吐き出した。話は長くなってしまったけれど、直彦さんは口を挟まず、静かに、時折私が咽ると、優しく背中を擦って最後まで聞いてくれた。


『とっても辛かったんだね…君は。
 仮初の平穏と、お母さんの心遣いを無下にしたくなくて、ずっとずっと…いじめと彼と、戦っていたんだね…』
『う、うぅ……だって、…だってぇ…』
『うん、分かるよ。君が守りたいと思うのは、当然だ。』


 優しく、優しく…頭を撫でられる。もう、とっくにカップのアイスは溶けてしまって、でも、涙が抑えられなくて、静かに泣いた。


『…分かった、協力しよう。』
『……本当に?』
『うん、でも……1つ、条件がある。』


 条件。…いや、何であれ、何でも受け入れるつもりだ。
 涙を拭い、白手袋に包まれた人差し指を口元に立てる直彦さんを、私は見つめる。


『…難しいことじゃないよ、君が*したいと願うなら…その覚悟を、見せて欲しいな。』
『…覚悟…』
『そう、』





『君が、お義父さんを、*すんだ。』





 全身が、異様に、冷えた気がした。
 わたしが、あの男を、*す?…直彦さんのように?あんな風に?


『…で……』
『私達は、あくまで準備とその後始末を手伝うだけ。…あぁ、もちろん警察にも通じてるから、純粋に君は*すだけでいい。』
『……それ、は……その…』


 言葉に迷う。憎悪をぶつける前に、人として当たり前のことを突き付けられて、わたしは、視線ですら逃げてしまう。


『…』


 嫌な沈黙が場を支配し、やがてそれを破ったのは相手の方だった。


『…そう、じゃあ君の覚悟はその程度なんだね。』
『っ』


 ガタッ、と立ち上がり、持っていたカップのアイスも地面へと落としてしまう。けれども、今度は怒りが湧いてきた。


『違うわ!違う違う違う!!わたしはあの男を*したい!本当よ!!その為なら何でもするって言ったわ!!
 だから、っだから、わたしがあの男を*す!貴方の言う通りに!!』


 公共の場で、とても叫んでいい言葉じゃない。…人がいなくて、よかったと思う。
 立ち上がったわたしを見上げて、直彦さんは少し黙って…やがて、フフ、とまた笑った。


『うん、分かったよ。お義父さんを、*しちゃおう。』


 穏やかな笑みに似合わない、酷く残酷な台詞。
 …それから、直彦さんは戻ろうかと提案し、私達はまた車へと戻った。何かを成し遂げたかのような、軽い達成感を覚えながら、"これから"の段取りについて聞かされ、それから家へと帰った。

 …今日は、あの男はいない。それは、よかったと思う。
 きっと、冷静な態度を取れないだろうから。





 ……嗚呼、お母さんとの約束…破っちゃった、な。