Eno.682 何森究

ファイアスターター

口寂しくなるたびに何かを食べ続ける時期があった。
空腹など感じていなかったし、味なんてどうでもよかった。
吐くほど病的でもなく、ただ単に、ずっと食べ物を口にしていた。
決まった時間に振る舞われる母さんの手料理が、滋味豊かで、栄養に富み、彩り鮮やかで、腹八分目で揃っていたにも関わらず。……



腹が鳴る。

一日の作業を終えて、飢えに苛まれながらありつく料理は痺れるほどうまい。
言葉少なな直哉の料理は、俺自身を見てくれている。
だから俺は直哉の観察眼が好きで、不言実行を体現する直哉が好きで、直哉の作る料理が好きだ。
空虚な炭水化物ではなく、味わうことの充足感に満ち満ちていく。
重たく纏わり付くような脂肪に動作を阻まれ、視界を遮られることは、もうない。

身体が軽い。

誰もが大なり小なり、さまざまなものを抱えている。
スナオが勇気を出したみたいに、ユヅキが一歩を踏み出したみたいに、せららが己を曝け出したみたいに、俺もまた。