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――コンコンとノックの音。
ギィ、ガタン、と重く鈍い音。
棺桶から顔を出して、またこちら側へと手を振ってくる。
その手のひらに、真っ白な本を浮かべながら。
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「あの子はね、言葉通り“消える”ことができるんだよ」

「何を言ってるかわからない? 本当に?
誰もいないけど、花の香りがする……覚えがあるんじゃないかな」
どうかな? と首を傾げる。
その返答や思考が、この“家主”に届く訳もなく。

「有象無象の花々に火を付ければ、全て同じように焼け燃えていく。
……生前、あの子は孤独に死んだのだろうね」
憂うような声色が、あなた達に届く訳もない。

「何か強い意志がないと、魂は残らない。
魂が残らないと、ここには流れ着かない」

「私の屋敷の子達は、違う、ということだ」

「願いがあったから、今も尚、存在している」
そんな屋敷の理を、つらつらと話すだけ。

「彼女の願いは“消えてしまいたい”……。
透過する力を得て、十日ごとに記憶を失う代償を持つ」

「透過の記憶、そして十日の記憶。
それがあの子の本当の名前だ」

「通称トーカ……くだらないダジャレだと思う? 僕たちは大真面目だよ」
白くて小さな花々を浮かべる。
点々と、弧を描く指先を追うように、咲いては枯れてゆく。

「そしてこれは、俺が勝手に与えた証だ。
例え見えなくても、あの子はそこにいると、わかるように」

「だから、きっと、見つけてあげてね」

「あの子が生きている証拠を」
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悲しいこと、苦しいことを忘れられるなら、楽しい記憶も、なにもいらない。
だから、消えてしまいたいって願ったの。
誰の記憶にも残らないように姿を消して。
誰の記憶も覚えないままに、目を覚ます。
そうすることで、生きるための安寧を、手に入れたかったの。