Eno.14 神崎 考希

神崎の手記(砦の無い中)

“本当に望んでる事について”理論という最後の砦を無くして考える。

俺が“居て欲しい”と言った時の事を、
他の誰でも無く特定の人に言った“特別”だと言う言葉の事を考える。

傍に居て欲しいという意味は文字通りの意味だと考えていたんだ。
最初にそう言った時も、嵐という危険な状況の中で外に居るニシュに
外は危険だから拠点という安全な場所に、俺の傍に“居て欲しい”と思ったから口にした。

次に言った時もそうだ。雨が悪化していき、嵐になると、
天候をずっと見ていて、そういう結論になり“必要”だと判断したから
安全な拠点に戻ってきて欲しいと考え、傍に“居て欲しい”と言えたんだ。

――理論的な部分を無くし、もう一度感情的な部分でその言葉について思い返す。

不安で、寂しい時や、そうでなくてもそれを口にしたい事が何度もあった。
でもそれは“状況”に合っていないと考えたから口に出せなかった。
そういう時に言う言葉では無いと、望んだ結果に言葉で何度も辿り着けなかったから、
それを口にして、傍に居てくれなかった時の事を思うと恐ろしかったから
だから今までずっと我慢をしていた。
例え、俺の“感情”に合っていたとしても絶対に言わないようにしていた。

『その言葉は、ニシュを安全な場所に呼ぶ言葉だと思い込んでいたから』

俺が不安だったり寂しいと思う時に、ニシュは安全な場所に居たから。
それを口にするのは合っていないと思って、ずっと我慢をしていた。

――こうしてニシュを苦しませている今でさえ、
君に“傍に居て欲しい”と“想っている”のに

俺はそう、思っている事を口にした。
“状況”に合ってなくて“感情”に合った時にもいつだって
そう言いたいと思っていた事も伝えた。それは全く理にかなっていなくて、
理論で守る事が出来ない時で、それを口にしてもし望んだ結果にならなかった時……

――試行錯誤をするなんて逃げ道も無く、
傷つく事が分かっていたから言う事が出来なかった。

そんな俺の言葉を聞いて彼女は言葉を返した。
傍に居ようと努力していると、俺は欲張りで、俺が思うよりもっと子供だと。
我慢しても落ち込むだけだと、そうしてどうしようもなくなるのだと。
彼女は泣いている自分を無様だと思っているから泣くのは嫌いで、
それを見られたくないから傍には居たくないと。
俺が“傍に居たい”と言わない事を指摘した。
彼女が不安な時はどうすればいいのか俺に聞いた。

感情と向き合い、言葉を交わす事で、全く合理的では無いモノが
視界を滲ませ、俺の声を震えさせた。自分の気持ちを認識すると、
それはただ勢いを増すばかりで、俺にそれを止める術は無かった。

俺が傍に居て欲しいと言った時にそれが出来てしまう程、
彼女がずっと強いから弱い俺は対等になりたかったと。
そうしないと俺はいつまで経っても求めるばかりだからと。
弱い俺のままではニシュにも同じように“傍に居て欲しい”と言わせられないと。
ニシュは強くて、我慢が出来てしまうから、泣くのを嫌って堪えてしまうから、
無様だとそれを表現して泣くのを堪えている事を教えてくれないから、
それに気づけるようにニシュが不安な時も“傍に居たい”と伝えた。

彼女のように強くなろうとする事は“対等”と呼ぶものではなく、
俺は彼女になれないと、同時に彼女は俺にもなれないと。
俺に“居て欲しい”と言えないのは俺が頼りなくて、
もっと堂々と彼女に“傍に居たい”と言えるようになってからで、
そう出来るようになって俺が彼女の“特別”になるのは彼女にとっても幸せな事だと。
彼女は誰にでも起こったり泣いたりせず、
ましてや“居て欲しい”なんて言わないと……そう言った後、確かに彼女は言ったんだ。

「そう思わせてくれたら嬉しいと思うの。あなたに出来る?」

彼女にとって俺が特別になる事は嬉しい事で、それが俺に出来るかと聞いたんだ。

――ニシュの“特別”になる。時間は掛かるかもしれないけど、
きっとそうなってみせる。俺にとってどうしようもないぐらい
“特別”なニシュのそういう存在になる事は、俺にとっても凄く嬉しい事だから。

そう出来る保証も無く、いつ、どうやってそうなるのも分からない中、
全く理にかなっていない、感情に素直になっただけの言葉を返した。

その後も何度も言葉を重ねていき、やがて彼女はぬいぐるみから顔を上げて
呆れたように、いつまでぐずっているのかと俺に尋ねた。

彼女の前で涙を流して感情を晒す俺は“特別”な人の顔を見た。
“特別”というあやふやなモノを理論的に別の名前に置き換えようとしていたけど、
その顔を見てそれすら間違っていた事に気が付いた。
“友と呼べる者”や“心の許せる仲間”や“愛してる人”や“家族のような存在”ではなくて、
あやふやでも“特別”という名前のモノがよかった。

いつまでぐずっているのかという問いには、俺にも分からないとしか答えられなかった。
感情がいつ落ち着くかなんて知るはずも無い。
彼女の前でしか感情を晒せないような、嘘つきな俺は何度もこれを経験した訳では無い。
ただ、あれほど強くなっていた“痛みのような”モノはいつの間にか何処かに行ってしまっていた。

きっといつか、傍に居て欲しいではなく、堂々と傍に居たいと言ってみせよう。