Eno.682 何森究

しなかった話

男子会のとき、好きなタイプの女子、みたいな話題にならなくてよかった。
きっと、話がもっとややこしくなっていたと思うから。

もし俺が女だったら、アサミの追っかけしてたと思う。
くっきりとした顔立ちと濃いめの肌に、メイクがバチクソに映えるはずだ。
スタイルもいいし、何だかんだで手広く気を回せる。

せららは言わずもがなだし、パトラはもう一人の妹みたいに可愛い。
リカとはコスメの話をしてみたくて、てくのの授業ならいくらだって聞いていたい。
クラス全員分、言いたいこと言えることはいくらでもあって。



――その中で、俺の高嶺の花はシノだった。
俺みたいな人間には、天地が引っくり返っても手が届かないと思っていた。



好きとか、恋とか、付き合うとか。
俺にとっては別世界の話で、いざ近付いてきたかと思えば嘘や冗談や罰ゲームといった悪意に満ちていた。
気になる誰かを上げるためなら、いくらでも下げていいポジション。それが俺。

あれが好き、これが好き。
食べ物や服を選ぶのとは、とても比べ物にならない。
自分と同じ時間を生きてきた一人の人間を、選んだり、選ばなかったりするんだから。

勝手に期待して勝手に失望して勝手に投影して勝手に幻滅して。
別れた途端に元彼を手酷く罵る女子の甲高い声に、全く無関係な俺の心が引き千切れそうになる。
世の中みんな、よくこんなこと繰り返せるな。



――何もかも、遠くで見ているだけだった。
アレルギーみたいに忌避してきたものが、急に俺の足元に絡み付いてくる。

手足が冷えて、心臓が潰れそうになる。
汗を掻いて喉はカラカラで、身体中ちぐはぐになっていることがわかる。



……俺さあ。
シノのこと、良いなって思ってたんだよ。

それを口にする機会は、もう恐らくやっては来ないのだけれど。



嵐に濡れて帰ったきり部屋から出ないシノに宛てて、何か一言書こうとして、やめた。
優しさが、気遣いが、善なるものとは限らない。



もう少し、何かが違ったら。
あるいは手が届いていたのかもしれないと、そう思う。