真実の書 十七頁目
楚の大夫、葉公は孔子に次のように話した。
「私の地方に、感心な正直者がおりまして、
その男の父が、どこからか羊が迷いこんで来たのを、
そのまま自分のものにしていましたところ、
隠さずその証を立てたのでございます」
これに対し、孔子は次のように言った。
「私の地方の正直者は、それとは全く趣が違っております。
父は子のためにその罪を隠してやりますし、
子は父のためにその罪を隠してやるのでございます。
私は、そういうところにこそ、
人間の本当の正直さというものがあるのではないかと存じます」
──嘘のつけない僕は、葉公の述べる『正直者』にしかなれなかった。
けれど、間違った者をただそしる事が正直と言えるだろうか。
事実と言う硬く、冷たいものを振りかざす事が、
果たして誠実と言えるだろうか。
ただ真否を鑑定するだけなら、
それは機械にだって出来る。
そして、だからこそ僕らは、
嘘から『人間らしさ』を見出すのだろう。
事実にも、嘘にも、
その間に在る曖昧なものたちでさえ……、
本当に大切なのは、その裏にある『真心』なのだと僕は思う。
だから僕は、嘘のつけない分だけそれを言葉にのせて、
人間らしい道を歩いて行きたい。