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いつも、その日を待ちわびていた。
目覚めた時に覚えているのは自分の名前、そして契約と世界のことだけ。
何度記憶を失っても、全て忘れる日を迎えるのが、彼女にとっての幸福だった。

朝に起きて、ああ、忘れたのねと清々する。
全て忘れた彼女は純粋無垢で、心の曇りを一切持たない。
だが、花はいつか枯れるように、それも長くは持たない。
ラセンに出会えたなら、世界について教えて貰うこともある。
彼は、透過した彼女を見つけることができる住民だった。

この屋敷こと。
屋敷を構成する元の世界のこと。
元の世界の、さらに外の世界のこと。
いつも真剣な顔で聞いて、いつも決まった言葉を口にする。
「トーカ、そんな場所にいきたくない」
何故忘れるのか? それが彼女の生命線だからだ。
不安定な世界で生きる、不確定な他人。そして、か弱く浅ましい自分。
現実の重く苦しい環境、そして人間の脆弱さに、幼い少女は耐えられなかった。

「――ごきげんよう、愛しい君たち!」
「私が“畔屋敷”……そして、その家主だ」
「そろそろ、帰り支度を始める頃合いだろうか?」
「いやなに、時期が被ってしまったのは悪いと思っているよ」
「まぁ、僕にとっては、悪いことばかりではなかったけれどね」
「彼女が“忘れたくない”と願ったのは、これが初めてなんだ」
「俺は、それが知れて嬉しい」
「だから、少しだけギフトを送ろうと思うんだ」

……今回だけだよ?