Eno.186 Leonhard.H.P

無題

漂流時に見た手紙には、この島の資材で作れるであろうもののまとめが記されていた。
生活に必須な真水や火種、生存や脱出に役立つ道具類、果ては手の込んだ料理までが網羅されていた。

奇妙な力を持つ花、正体不明の木の実……それから謎の石。
この資料がなければ、きっと我々の島での暮らしははるかに厳しくなっていたに違いない。

しかし、それだけ我々の生活を支えた資料にも、一つだけ意図してぼかされていた記述があった。
何かできそうだが作ることは叶わず諦めたのか、それともこの島での生活を揺るがす何かがあったのか……分かっているのは材料と、なぜか筆記具を用いることだけ。

何かを書く、何を書く?
好奇心に突き動かされ、生活にも余裕が出てきたことを合わせてこれが我々の目標が一つとなった。

数日をかけて集まった膨大な資材を前に、書き記す作業は私の担当となり――そこからの記憶は曖昧だ。
指定された通りに並べ、ペンを持つ。その瞬間から私の中に「何か」が憑いた。
何を書けばいいかは腕が覚えている。私はただ考えることもなくひたすらに、ひたむきに。

時間にしてどれほど経ったかもわからないまま、勢いだけで全てを書き上げた時……あれだけ溜め込んだ膨大な資材はひっそりと消え、残ったのは小さな塊が一つ。

やっとの思いで仕上がった完成品を皆の前に掲げたその時、私に憑いたものと最期の余力は消え、再び起き上がった時にはあの塊はどこにもなかった。

……アレは、結局何だったのか。
メモ書きに残されていた見覚えのない書き込みがあったが、これに関係するものなのだろうか?

"その海は数多の術者が挑み、そして敗れた海だ。
土地はなく、ただ広大な海だけが広がる、乏しく虚しい世界。
それを変えんと有力者が集い、そして皆等しく匙を投げた。

神秘、魔法、科学、奇跡……
遍く術の混ざりあったその海は、いつからか自我に近しいものを得ていた。

やがて、とある術者が世界の境界を開いた。
隔絶された世界の境界がこじ開けられたことで、その世界は瞬く間に歪んでいった。
術者の成果を蓄えた膨大な海は、その境界を我が物としたのだ。

他世界の海を取り込み、資源を溜め込んでは海を吐き出し、再び取り込む。
海は、いつからか貪欲なる海と化していた。

そして長い年月を経て。
かの海は多くの資源を蓄え、そして誰かに奪われる日々。

そんな『魔の海』は、今日も晴天の元に佇んでいる。"