カノンペル村にて・序
山のふもと、キーリアの町。
深く黒ずんでいく空の際が、まだにわかに赤く染まっている。
多くの建物は灯りをともしている。街角にただよう食事の香りに、乾杯の声と音とが唐突に混じったりもする。
外を歩いている者もまだ多い。
そんな賑わいから少し離れ、町と登山道のはざまの場所に、テントが一つ。
鍋を温める火が二人の少年を照らす。
一方は山羊の獣人エリオ・エリキサ。もう一方は人の形をした毒茸サッコ・ベノ。
エリオはどこか緊張している様子だった。







鍋からミルクリゾットを小さじですくい、口に含むエリオ。

エリオは二人分の木の椀にそれぞれ鍋からよそい、匙を入れて、サッコに彼の分を手渡す。

サッコは椀を受け取り、星を眺めるというふうに火から目を背けて空を見上げる。
匙は口ではなく、なぜか胸元に向かっているように見える。
が、その時ふと―――ゴウッ! 大地が、ゆれる!

サッコは軽くバランスを崩しつんのめる。
リゾットが地面にこぼれる。それとは別に、小さな白い塊のようなものも。

呼びかけるエリオは、彼のそばに転がる塊を見た。
翼と尾が生えている。青い髪と、大きな耳も。

それは小さなコウモリだった。
起き上がり、エリオを見るその目は、ひどく怯えていた。
地震はもうおさまっている。

サッコはコウモリを抱え、胸元で目配せする。
彼が小さくうなずくのを見て、エリオに向き直る。

―――*―――*―――*―――
アル=ゼヴィンという世界において使い魔の意味は重い。
亜魔族―――ただの動物と、知的生命体である魔族の間に位置する生物。彼らの中には理屈で表せないほどの情を魔族と分かち合った末に、主と使い魔の関係を結ぶ者がいる。
それは魂を強く結びつける行為であり、どちらかの命が終わる時、もう片方も共に死ぬこととなる。
サッコの胸元のコウモリ―――レグル・スゥは、医学教授ビゾン・ブレンの使い魔であった。
ビゾンは三十年も前に亡くなり、しかしレグルはなぜかこの世を去ることはなかった。
ビゾンの生前、レグルは周りから聞かされていた。
もし、主人が死んでも死なない使い魔がいるのだとしたら、それは裏切り者だと。
日の当たる場所で生きてゆかれなくなったレグルは、路地裏の片隅で三十年を孤独に過ごさねばならなかった。
『光』に出くわして異世界に飛ばされ、仲間と、無二の親友と出会い、さらには同じく飛ばされてきたサッコにめぐり会うまでは。


エリオもまた、『光』に遭遇した人物の一人だった。
キャンプに行った海辺で出くわし、大海の世界―――ジーランティスのとある島に転移し、七日間を過ごした末に生還した。
その後、『光』の遭遇情報を提供しようとした矢先にサッコと出会ったのだった。


レグルはサッコの胸元にしがみつき、ほんの少しだけエリオの方を向いている。



サッコはお椀を差し出し、エリオにミルクリゾットをふたたびよそってもらって、レグルに与える。
レグルは軽く息をふきかけてから食べる。


深く黒ずんでいく空の際が、まだにわかに赤く染まっている。
多くの建物は灯りをともしている。街角にただよう食事の香りに、乾杯の声と音とが唐突に混じったりもする。
外を歩いている者もまだ多い。
そんな賑わいから少し離れ、町と登山道のはざまの場所に、テントが一つ。
鍋を温める火が二人の少年を照らす。
一方は山羊の獣人エリオ・エリキサ。もう一方は人の形をした毒茸サッコ・ベノ。
エリオはどこか緊張している様子だった。

サッコ
「ンだよ、だまりこくって」

エリオ
「あ、いや。
サッコとこんな、お泊りすることになるなんて……予想してなくて」

サッコ
「オイラごときにそんなカタくなるモンかね」

エリオ
「……う、うん。
なんかサッコって、ボクよりずーっとオトナみたいだし……
いや、そうなんだよね、実際。
もう何年も『光』で飛ばされた先の世界で過ごしてるんだから」

サッコ
「……」

エリオ
「『光』って言えば、調査で忙しかったんでしょ?
いいの、ボクの課題になんか付き合ってくれちゃって……」

サッコ
「……ま、気になることもあってな。
それより、そろそろ食えねーか、それ?」
鍋からミルクリゾットを小さじですくい、口に含むエリオ。

エリオ
「……うん、ご飯にしよっか」
エリオは二人分の木の椀にそれぞれ鍋からよそい、匙を入れて、サッコに彼の分を手渡す。

サッコ
「サンキュ」
サッコは椀を受け取り、星を眺めるというふうに火から目を背けて空を見上げる。
匙は口ではなく、なぜか胸元に向かっているように見える。
が、その時ふと―――ゴウッ! 大地が、ゆれる!

サッコ
「うッ」
サッコは軽くバランスを崩しつんのめる。
リゾットが地面にこぼれる。それとは別に、小さな白い塊のようなものも。

エリオ
「サッコ! かがんで……」
呼びかけるエリオは、彼のそばに転がる塊を見た。
翼と尾が生えている。青い髪と、大きな耳も。

???
「……」
それは小さなコウモリだった。
起き上がり、エリオを見るその目は、ひどく怯えていた。
地震はもうおさまっている。

エリオ
「……サッコ、使い魔、いたの?」
サッコはコウモリを抱え、胸元で目配せする。
彼が小さくうなずくのを見て、エリオに向き直る。

サッコ
「オイラのじゃないけどな」
―――*―――*―――*―――
アル=ゼヴィンという世界において使い魔の意味は重い。
亜魔族―――ただの動物と、知的生命体である魔族の間に位置する生物。彼らの中には理屈で表せないほどの情を魔族と分かち合った末に、主と使い魔の関係を結ぶ者がいる。
それは魂を強く結びつける行為であり、どちらかの命が終わる時、もう片方も共に死ぬこととなる。
サッコの胸元のコウモリ―――レグル・スゥは、医学教授ビゾン・ブレンの使い魔であった。
ビゾンは三十年も前に亡くなり、しかしレグルはなぜかこの世を去ることはなかった。
ビゾンの生前、レグルは周りから聞かされていた。
もし、主人が死んでも死なない使い魔がいるのだとしたら、それは裏切り者だと。
日の当たる場所で生きてゆかれなくなったレグルは、路地裏の片隅で三十年を孤独に過ごさねばならなかった。
『光』に出くわして異世界に飛ばされ、仲間と、無二の親友と出会い、さらには同じく飛ばされてきたサッコにめぐり会うまでは。

エリオ
「……そっか。
じゃあ、ボクが最初に会ったときから、サッコといっしょだったんだね、レグルは」

サッコ
「ああ」
エリオもまた、『光』に遭遇した人物の一人だった。
キャンプに行った海辺で出くわし、大海の世界―――ジーランティスのとある島に転移し、七日間を過ごした末に生還した。
その後、『光』の遭遇情報を提供しようとした矢先にサッコと出会ったのだった。

サッコ
「こっちで顔出すのはやっぱ怖がってるからさ、カバンの中にいさせてたんだよ。
……ドジっちまったな、オイラ。ごめんよ、レグル」

レグル
「……ううん
サッコの せいじゃ ない…… よ」
レグルはサッコの胸元にしがみつき、ほんの少しだけエリオの方を向いている。

エリオ
「……あ、あのさ。レグル。
ボクは……エリオて、いうんだ……」

レグル
「……知てるよ 聞いてた から
ごはん おいしかた アリガト」

エリオ
「あ……よかった。
もう地震もおさまったし、もっと食べなよ。サッコも……」
サッコはお椀を差し出し、エリオにミルクリゾットをふたたびよそってもらって、レグルに与える。
レグルは軽く息をふきかけてから食べる。

エリオ
「そういえばサッコ、気になることって……?」

サッコ
「……ああ。ウワサがあるンだよ。
この山に……『元使い魔』がいるってな」