Eno.939 傘音

五年

ワタシは空白の五年間をしっかりと覚えている。
死体のように生きていた五年間。
ワタシの制御下になかった時間。
恐怖に支配され、暴力に抵抗せず、無気力に儚く生きていたらしき時間。


ワタシのどこにあんな健気さがあったのだろう。
ワタシのどこにあんな臆病さがあったのだろう。
心当たりなど当然何一つないもので、あれは知らない過去を持った女で。
それならあれはやはり死体を使った人形だったのだろう。
ワタシの中にあんなものはなかった。

では誰の中にそんなものがあったのだろう。

誰かから見ればワタシは健気で臆病だった?
誰かにとってワタシが健気で臆病であれば都合がよかった?
ワタシが弱ければいい、だなんて誰かが妄想していた?


なんて考えた所で、その誰かは既に死んでいる。
ワタシの人形の夫だった男。
ワタシが意識を戻したときには既に倒れて血を流していたそれ。


「馬鹿じゃないのか」


空白を作り上げた男。
ワタシを連れ去って人形にした男。
きっと取り返しが付かないほどずっと昔から死んでしまっていた男。


ワタシの友人だったあいつは、あいつがかつて逃げ出した筈の家の中で、もう二度と動くことはなかった。