Eno.145 ユーディット

*休題*

昔々、其のまた昔。
“死せる大地”と呼ばれる一帯が在りました。
其処は、樹は朽ち、草花は萎れ、水は枯れ、時折降る雨も汚れていて、地面に毒を撒き散らす。
どう足掻いても、生命が住める環境ではありません。

そんな一帯ですが、其れでも住む者は居りました。
勿論、好き好んで居る訳など無く。
寄る辺亡き者、追われた者――世界の弱者達が、苦しみながら、其れでも朽ちた冀望を抱えながら存在しようとしていたのです。

其れを見てれんだのは、悪魔でも神様でもなく――銀の瞳を持つ、一体の竜でした。
竜は名を“ソフィア”と言い、清らかな水を司り、其れを生み出す権能を持っていました。
ソフィアは権能を用いて、大地を浄化しようと試みましたが、一度清めるだけでは元に戻るだけで、鼬ごっこが続きました。

やがて、ソフィアは決意しました。
――やがて生まれる己の息子に未来を託して、自身は大地の浄化に殉ずる、と。

息子が生まれる卵を人々に託し、共に此の地を守り続ける事を約束させた後。
ソフィアが大地を蝕む毒を吸い上げ、食らい、飲み尽くし――其の躯が崩れ、大地と同化して。
其処から綺麗な湧水が吹き出し、やがて泉となり、湖となり。
そして、次々と草花が、苗木が芽吹き始めました。

人々はソフィアの殉死を悲しみ、そして大いに感謝しました。
そして、約束を未来永劫守り続けようと誓ったのです。

やがて生まれたソフィアの息子は、其の地に住まう一人の娘と添い遂げ、子を残しました。
そして、其の子は大地の守り人と成り――慈悲深き竜にあやかり“ソフィエロード”と名乗るようになったのです。

大地に還ったソフィアは、しかし魂は今も尚其処に在り。
豊かになった大地に住まう末裔達を見守り続けているのです――




――此れが、彼の領地と、彼の辺境伯の真相。

ユーディットの顔の痣は、先祖返りの一種であったから。
咒い祟りの様に大地が枯れ果てたのは、ソフィアの魂が何処かへ離れたことで死毒の浄化が止まり、一気に溢れ出たから。

時の流れは、実に非情だ。
そして、種族毎の寿命差も、また。
竜にとっては大した時間では無くても、人間にとっては其れは其れは永いものであった。
後に、教会系信仰に帰依し、竜という存在への考え方が変わり、記憶を改竄されれば、尚更。



今、ソフィアの魂は、最後の末裔愛し児となったユーディットを探している。
どうか生きていて、無事で居て、けがれないで、と、泣き叫びながら。

邂逅再会が果たされるか否か――其れは、まだ、誰にも判らない。




え、唯一難を逃れていた次男はって?
彼奴なら知らせを受けた直後に失踪して、隣地の領主の首に自分の剣をぶっ刺したまま絶賛行方不明中だよ。