Eno.248 山田景

前のことと手前のこと

「‥‥で、お前はどう思う?
野衾。」

野衾と呼ばれた黒い『吸血鬼』は、マスクごしに返答する。

「率直に言えば、胡散臭い申し出です。
それも、この私にまで向けての誘いなのですから。
ですが。」
「この私にまで届くということは、主への災いにもならんとする可能性も捨てきれません。
故に、行こうと思います。」
そこまで物音も立てずに聞いていた『主』も、終わりと見て口を開く。

「‥‥そして問題なさそうならお相手でも見繕って、お家の名を上げる、ってとこか?」
ややもして、黒い『吸血鬼』も言葉を返す。

「そこまでお見通しですか。
はい、どちらにしても主には損にはならないかと。
もちろん、私の仕事も他のものに暫しの間引き継がせる準備は整っています。」
『主』はそこまで聞いて、やれやれ、という表情を浮かべ。
ため息混じりに話す。

「‥‥ああ、損にはならない、が。
バカ言え、その案、お前にはできないだろ。」
「と、仰られますと?」

「『深い仲の友人』すらいないお前が、いきなり伴侶なんか見付けられるわけがな‥‥」
「なっ‥‥!!」
音を立てて床を打ち据え、『吸血鬼』はわなわなと震える。

「し、失礼な!
輩ぐらい‥‥いますよ!私にだって!!」
「いんや、ここに仕えてお前も長いだろうに‥‥
一度たりとも聞いたことないぞ。友人関係の話。」
「職務に関係ないからです!!」
「普通の会話もよくするだろうが。」
「ぐ、ぐむむむむ。」
『吸血鬼』の震えが、余計に強くなる。

「‥‥だがいいぞ、行ってきな。
そして、作ってきな。『友人』。
これは主命だ。」
「‥‥ば、バカにしないで頂けますか!
作って、来ますよ!『友人』!!
失礼致しました!」
そこまで言ってから、黒い『吸血鬼』は、ずかずかと出ていく。


それから。
船に揺られ、海の先を見る『吸血鬼』。
流石に時も置き、幾分か冷静になったようで、「あれだけの啖呵を切った手前、どうにかせねばなりませんが」などと独り言を口にし。
「深い付き合いの仲の相手とは。」
「どのように仕留めて、射止めるモノ‥‥なのでしょうか?」
頭を抱えていた。


さらにややも時間を置き。
着いたのは絶海の無人島。
どうしようもない状況に陥ったとき、その『吸血鬼』の口から出たのは。
「ふむ、却って都合がいいかもしれませんね。」
「‥‥聞いたことありますよ、つり橋効果。
変えましょう、この機会を、好機に。そして‥‥。」
「皆様の助けになるように、存分に振るうべきです。
私の力と、価値を見せねば!」

強くズレた決心であった。
それを、胸中にしまい込み。
黒い『吸血鬼』は、島での生活を始めたのだった。