Eno.682 何森究

Q and CUE.

小学生。


何の気なしに開いた『ノッキンオン・ジャパン』2015年7月号。
恒例の二万字インタビュー。
その特集記事は、あるバンドの3年ぶりの新譜リリースを記念して組まれた。



アルバムのタイトルは、『FAIR』。



俺のヒーロー。自我の芽生え。

たとえどんな理不尽な目に遭おうと、心の中がどんなに大嵐でも、
その薄く脆いジュエルケースの中はいつでも澄み渡って晴れていた。

傷付いて、ひねくれて、格好悪くとも愛らしい、12曲の人生模様。

さまざまなアンフェアに囲まれたズタボロの孤独。
かろうじて息をする間に、何度でも昇る太陽。

僕らはこうして生きてるぜ。
己を生きる不器用な登場人物たちが、言外に問い掛ける。

(キミはどんな風に生きてきたんだい)
(これから先、どんな風に生きていくんだい?)




中学生。

両親から愛されていることは判っていた。
優しい父、明るい母。正しく健康的な愛情。
妹だけが醜く変わり果ててゆく俺を嫌厭して遠ざけた頃。

これくらいの痛みなら大丈夫。
ほんの一握りとは言え自分には友人が居て、趣味もある。
世の中にはもっと凄惨ないじめのニュースで溢れ返っていて、
俺は自ら命を絶った彼らに比べたら、何てことはないんだから。

比べなきゃよかった。
俺の痛みを俺自身のものとして、もっと向き合ってやればよかった。

そうして両親に一言でも助けを求めていれば、何かが変わったかもしれないのに。



集団生活に傷付き、疲れ果て、音楽への興味も薄らぎ始めていた夜更け。
俺は布団をすっぽりと被り、暗闇の中で動画サイトに閉じ籠もっていた。

何の興味もない動画を、自動再生でひたすら流す。
何も頭に入ってこない。何にも心を動かされない。

だからその出会いはたまたまだった。

アイドルグループ・うずめLily。

それまでアイドルに興味はなかったし、動画チャンネルは開いたこともなかった。
目が留まったのも、自動再生をキャンセルして二つ目の動画を見始めたのも、何となく。

いつまでも続くかと思われた暗闇の中で、俺はいつの間にか爪を噛む手を止めて、
気付けば朝になっていた。



俺たちファンは、バカだけど、バカじゃない。
アイドルと演出家の意図や計算や小狡さに感銘を受けてバカになる。

ライブ、文化祭、テーマパーク、映画。
それらの異界に没入しきれないときの疎外感と言ったらない。

心を委ねるには、体力も度胸も必要だ。
当時の俺に、そんなモンはどこにもなくて。



(こんなに汚い手じゃ、一生この子たちと握手なんて出来ないな)



現実になると思っていたワケじゃない。何となしに、そう考えた。

スマートフォンを消灯した瞬間、か細い明かりを通して黒い画面に映った顔に、
俺ははじめて自覚的に幻滅した。



そして高校生。

いったい何が起こったのか、今でもよく判っていない。
内向きの情熱に支えられ、外向きの感動に導かれた今。

俺は、女子から、人気が、あるんだそうだ。……

聞かなきゃよかった。
汗が噴き出す。心拍が早まる。鳥肌が立って筋肉が強張る。

ドッキリとか、罰ゲームとか。
意識した瞬間に魔法が解けて笑われてしまうんじゃないかという気持ちに囚われて、
心のどこかで喜べずにいる中学生の俺……








うるせ~~~!!!
知らね~~~~!!




いつまでもうだうだ言ってんじゃねえよ!
てめえが頑張ってきた結果だろうが!
そんくらい素直に受け取っとけや!
自分にも相手にも失礼なんだよバーカ!



……………………



…………








2023年7月。
この夏、俺を支えてくれた音楽がひとつの終止符を打つ。

悲しくても、終わりはしない。
彼らの音楽が残り、歌い継がれ、俺の糧となり、それが誰かの心に繋げられたのなら。



だから帰ろう。



独りきりで世界の果てへ流れ着いたような絶望は、もうどこにもない。