Eno.874 ノーマン

NOMAN's Note

船の出る前後では慌ただしくなるだろう。
何の助けか“文字”を学んだこの島にいるうちに、
離れたら分からなくなる可能性も考えて
少し書いてみることにする。

“文字”“共通言語”
話せはするし読みもできる、でも自分は書ける必要がまだ無かった。
そういう地位にはいなかった。
いずれ、いずれは。その辺り。

父が若い頃に始まった開拓村作り、
自分も仕事を割り振られる歳になってから
色々なものを見て学んで失敗してを繰り返し
少しずつ積み上げてきた。

ある時“街”から来たらしい、“領主”を名乗る
足の生えた服を着た泥団子のような奴らが
偉そうに村と人々と家々をじろじろと見て回った。

俺の家には母と、妹と、前の長であった父が遺した
父が掘り出した手の平ほどの“陽射しのようにきらきら光る石”があった。


全て無くなった。

家だったもの。
母だったもの。
妹が父に貰った頭巾。
焼け落ちた家からは妹も石も見つからない。

あれは宝石か鉱石と呼ばれるものだったのではないか、
今にして考えればそう思い至れる。

“領主”が光る石でまた肥えただの
献上と見返りの約束を取り付けただのと
行商人達の噂話に聞いたのが数日経ってからの事。

取り戻しに行って、逃げ損ねて、捕まって。
長の嘆願もありこれまでの働きに免じてと
暴苦と戒めからは釈放はされたが
村々の衆目の中
これまでの功績、これからの展望、それを奪うとして
自身の出生と己の名を記す無二の皮紙を
火に焚べる罰を言い渡された。


名も無き人ではない者 N O M A N はこの地に立ち入る資格無し。
許されたものは最低限の治療と少しばかりの物資だけ。
罪人に似合いの粗末な衣服に、首も括れる腰布。
殺しはしないが生かしもしない、その裁きの下に
橋との繋ぎは石斧で断ち切られ
俺を載せた小舟は冥界からにじむところへと流された。


それが気付けばこうしてここにいる。
そしてここで出来ることもどうやら終わりのようだ。
これからどうするか、どうなるか
今の俺には何も分からない。
“未来”“希望”……そういう言葉もあったことを知った。
だからこそ知らないものを知りに、
これからもう少し生きてみようと思う。


………この島のことはついぞよくわからないままだったが、
開拓民の子として生まれ育ち身についていた術が
島の、誰かの役に少しでも立ったのなら良かった。
拠点から四方に伸びる道路を整備しきった事だけは
誇りになり得るかもしれない。

――――。
また揺れた、もうあまり時間はないかもしれない。



もしこれを何かの拍子に誰かが見てしまったのなら、
切り捨てられなかったくせに結局すべてを捨ててしまった
そういう愚かなものがいた事だけ
心に残さずそっとしまっておいて欲しい。