Eno.483 辰砂

無題

胸いっぱいに海水を取り込んで、
俺が仮に人間に戻れたなら。
身体が水を含んで、きっと見るに堪えない水死体になる。

俺が誰だったのかも分からないほど。


ごぽり




あぁ、水面が揺れる。
酷く大きな音が、振動になって波紋を広げるように。
水で満たされた耳にはそれが何かも分からない。

けれど、それらは楽しそうな揺らぎで。
けれど、それらは怒るような揺らぎで。
けれど、けれど──……

不思議と、気分が昂揚した。

だから、
うねるように、流れが。
海が大きく、闇が、口を開けている。
口を開けて、絡めとるように。
あぁそう、そう、そのまま──。

そのまま、飲み込まれる。
怖さや悲しさや後悔なんてものは、感じない。
端から持ち合わせていないし、何処かに置いてきてしまった。
何より、それらがあったとしても、自分は。
自分は大丈夫だという確信があるから。

だからずっと笑ってる。

塩辛いのはちょっとつらいけど。