a few days later...①
星詠財団、考古学研究所、西東京支部、所長室――
日本に無事帰国した御神凪 敬が、来客用のソファーに腰掛けてる。
対面するのは、所長の山岡だ。
防弾・対聴音用のガラスは蝉時雨を遮断したが、差し込む夏日は強い。
テーブルの上でロンググラスに淹れられた
仏蘭西紅茶のアールグレイ・インペリアルの氷がカランと音を立てる。
「――『無断欠勤』の帳尻を合わせるくらいのご活躍だったな、敬」
前半を強調しながら労いつつ、調査レポートを表示したタブレットを差し出す。
研究部の見解、解析データ、撮影された『謎の花』と『種子』の写真が纏められている。
「お前の予想通り、こいつは現代では気候変動で絶滅した古代種の植物――
ギリシア神話でいうところのアムブロシアー、『神酒』、
インド神話でいうところの『神酒』、ゾロアスター教の『神酒』、
中国でいうところの『仙丹』の原材料。
不死性に関わる特殊な薬効をもった、喪われし『古代種』の花と種だよ」
フムンと日本SFの最高傑作のような口調で顎に手を当てると
伊達眼鏡を光らせて、調査結果を流し読みした
「あの島で実っていたオレンジ、『非時香菓』だったなんてオチはないだろな。
アレに関しては、サンプルを持ち帰る余裕がなかった」
「日本書紀曰く――」
――九十年の春二月の庚子の朔に、
――天皇、田道間守に命せて常夜国に遣し、
――非時香菓を求めしめたまう。
――香菓、此をば箇倶能未と云う。
――今し橘と謂ふは是なり。
「……だったかな? 常夜国に実った禁断の果実。みかん」
「まぁ、メディカル・チェックに異変もありませんでしたので……
其れに関しては、ただの偶然かもしれません」
そう云って、大学生バイトは、ミルクとシロップを紅茶グラスに注いで掻き混ぜた。
コントラストの中で二つの色が混ぜ合っていく。
「『謎の花』の現品と種子を採取できただけでも大功績さ。
蘇生薬に近いレベルの気付け薬として使用できる薬効は分かっている。
正しい栽培法のノウハウがある訳じゃないから、枯れて全滅もありえるがね」
「フムン。『不老不死』の実現なんてアホらしいと思いますが……
本物なら買い手は幾らでもいるのが確かでしょうね。
強力な『気付け薬』で終わるなら、可愛い薬効ですけど」
「敵味方双方、不死身の兵士が延々と戦い続けたら、それは生き地獄だし、
人間が老衰も病気もなく生き続ければ、現代文明の終焉……だな。
とはいえ、よくぞこいつを発見して回収してくれた。
扱い方を一つ間違えると、とんでもない事になる」
「なら……これのボーナス弾んで下さいね♪」
「本社の金庫送りにして封印が、妥当な結論なんだがなァ。
迂闊に現代医学にフィードバックして、マネタライズできる代物じゃない」
星詠財団、考古学研究所に所属する私設軍隊――
その中でも最精鋭のエージェントであるスペルガンの契約金(俸給)は高い。
加えて、遺物次第では、莫大な成功報酬が与えられる。
発掘遺物を解析したオーバーテクノロジーをマネタライズできた場合の収益もあるが、
命を賭けて薄給では、回収・提出どころか敵対組織に横流しが危惧されている。
過去にエージェントが離反した例もあり、敵対的買収が通用しないレベルの給与面が整備された。
一流どころのメジャースポーツ選手に近似値の契約金が動いている。
理念への共感ではなく、純粋な金銭目当てで働いている同僚もいるのが実態だ。
それでも離反や買収が起きないあたり、報酬と福利厚生は評価されている。
「ああ、あと古代レムリア文明時代の『石碑』だが――
完璧に時間操作というオーバーテクノロジーの影響を受けている。
現代科学の手に負えないよ。少なくとも、少なくともあと数世紀は……。
……しかし、敬。『意志なる晶』とは、一体何だったんだろうな?
レムリア時代に設計・製造した段階で復元システムは仕込まれていたのだろう。
その時代の段階で確立していた技術なのだろうが……」
「それだけの魔法技術やら科学技術を持ちながら、
時間さえも操る、進んだ叡智を誇ったレムリアも大陸沈没により――
神々に近しい力を持った彼らも滅びてしまった」
「…………」
「まぁ、どんなに科学が進んでも、人が人である限り――
自然には勝てないって事じゃないですか?
ほら、よく云うでしょう? 『神は死んだ』って」
「ニーチェは、そういう意味で言ってないと思うなぁ」
「『時間の支配者』も……自然には勝てなかった。それでいいじゃないですか。
『謎の石』自体がロストしちゃった以上、時間操作の研究はお手上げですよ」
あ、桔梗院系列の協力者あってのレムリア石碑のサルベージですからね。
正当な対価の分け前を彼らにも振り込みお願いしますよ。
……さて、懐も温まったところで、久々に鰻でもどうでしょう?
あの異界みたいな不可知領域では、白焼きしか食べれなかったので……」
「今年の土用の丑の日は、7月30日か。混む前に丁度いいな」
「――――」
「――」
「―」
アイスティーを飲み乾して父子に近い年齢差の二人が立ち上がる。
星の記憶の顕現に『謎の石』は喪われてしまった。
そう行って、スペルガンの青年は話題を打ち切ってしまったが――
どこかの退魔師が砕き、御守りに加工したパワーストーンは、
そう遠くない空の下、とある女子高生の所持品として、
今日も加護を与え続けているのであった。

『神は天に居まし、すべて世は事もなし――』
日本に無事帰国した御神凪 敬が、来客用のソファーに腰掛けてる。
対面するのは、所長の山岡だ。
防弾・対聴音用のガラスは蝉時雨を遮断したが、差し込む夏日は強い。
テーブルの上でロンググラスに淹れられた
仏蘭西紅茶のアールグレイ・インペリアルの氷がカランと音を立てる。
「――『無断欠勤』の帳尻を合わせるくらいのご活躍だったな、敬」
前半を強調しながら労いつつ、調査レポートを表示したタブレットを差し出す。
研究部の見解、解析データ、撮影された『謎の花』と『種子』の写真が纏められている。
「お前の予想通り、こいつは現代では気候変動で絶滅した古代種の植物――
ギリシア神話でいうところのアムブロシアー、『神酒』、
インド神話でいうところの『神酒』、ゾロアスター教の『神酒』、
中国でいうところの『仙丹』の原材料。
不死性に関わる特殊な薬効をもった、喪われし『古代種』の花と種だよ」
フムンと日本SFの最高傑作のような口調で顎に手を当てると
伊達眼鏡を光らせて、調査結果を流し読みした
「あの島で実っていたオレンジ、『非時香菓』だったなんてオチはないだろな。
アレに関しては、サンプルを持ち帰る余裕がなかった」
「日本書紀曰く――」
――九十年の春二月の庚子の朔に、
――天皇、田道間守に命せて常夜国に遣し、
――非時香菓を求めしめたまう。
――香菓、此をば箇倶能未と云う。
――今し橘と謂ふは是なり。
「……だったかな? 常夜国に実った禁断の果実。みかん」
「まぁ、メディカル・チェックに異変もありませんでしたので……
其れに関しては、ただの偶然かもしれません」
そう云って、大学生バイトは、ミルクとシロップを紅茶グラスに注いで掻き混ぜた。
コントラストの中で二つの色が混ぜ合っていく。
「『謎の花』の現品と種子を採取できただけでも大功績さ。
蘇生薬に近いレベルの気付け薬として使用できる薬効は分かっている。
正しい栽培法のノウハウがある訳じゃないから、枯れて全滅もありえるがね」
「フムン。『不老不死』の実現なんてアホらしいと思いますが……
本物なら買い手は幾らでもいるのが確かでしょうね。
強力な『気付け薬』で終わるなら、可愛い薬効ですけど」
「敵味方双方、不死身の兵士が延々と戦い続けたら、それは生き地獄だし、
人間が老衰も病気もなく生き続ければ、現代文明の終焉……だな。
とはいえ、よくぞこいつを発見して回収してくれた。
扱い方を一つ間違えると、とんでもない事になる」
「なら……これのボーナス弾んで下さいね♪」
「本社の金庫送りにして封印が、妥当な結論なんだがなァ。
迂闊に現代医学にフィードバックして、マネタライズできる代物じゃない」
星詠財団、考古学研究所に所属する私設軍隊――
その中でも最精鋭のエージェントであるスペルガンの契約金(俸給)は高い。
加えて、遺物次第では、莫大な成功報酬が与えられる。
発掘遺物を解析したオーバーテクノロジーをマネタライズできた場合の収益もあるが、
命を賭けて薄給では、回収・提出どころか敵対組織に横流しが危惧されている。
過去にエージェントが離反した例もあり、敵対的買収が通用しないレベルの給与面が整備された。
一流どころのメジャースポーツ選手に近似値の契約金が動いている。
理念への共感ではなく、純粋な金銭目当てで働いている同僚もいるのが実態だ。
それでも離反や買収が起きないあたり、報酬と福利厚生は評価されている。
「ああ、あと古代レムリア文明時代の『石碑』だが――
完璧に時間操作というオーバーテクノロジーの影響を受けている。
現代科学の手に負えないよ。少なくとも、少なくともあと数世紀は……。
……しかし、敬。『意志なる晶』とは、一体何だったんだろうな?
レムリア時代に設計・製造した段階で復元システムは仕込まれていたのだろう。
その時代の段階で確立していた技術なのだろうが……」
「それだけの魔法技術やら科学技術を持ちながら、
時間さえも操る、進んだ叡智を誇ったレムリアも大陸沈没により――
神々に近しい力を持った彼らも滅びてしまった」
「…………」
「まぁ、どんなに科学が進んでも、人が人である限り――
自然には勝てないって事じゃないですか?
ほら、よく云うでしょう? 『神は死んだ』って」
「ニーチェは、そういう意味で言ってないと思うなぁ」
「『時間の支配者』も……自然には勝てなかった。それでいいじゃないですか。
『謎の石』自体がロストしちゃった以上、時間操作の研究はお手上げですよ」
あ、桔梗院系列の協力者あってのレムリア石碑のサルベージですからね。
正当な対価の分け前を彼らにも振り込みお願いしますよ。
……さて、懐も温まったところで、久々に鰻でもどうでしょう?
あの異界みたいな不可知領域では、白焼きしか食べれなかったので……」
「今年の土用の丑の日は、7月30日か。混む前に丁度いいな」
「――――」
「――」
「―」
アイスティーを飲み乾して父子に近い年齢差の二人が立ち上がる。
星の記憶の顕現に『謎の石』は喪われてしまった。
そう行って、スペルガンの青年は話題を打ち切ってしまったが――
どこかの退魔師が砕き、御守りに加工したパワーストーンは、
そう遠くない空の下、とある女子高生の所持品として、
今日も加護を与え続けているのであった。

『神は天に居まし、すべて世は事もなし――』