Eno.14 神崎 考希

・神崎の手記(選択して得たモノ)

船はみんながそれぞれの帰路に着く為、進んで行く。
それは島からの帰還を意味するモノであると同時に、
“特別”な人へ想いを伝える為に残された時間が減っていく事でもあった。

残された時間は少ない。

島を出る時に疲弊した体は充分に休めた。
――まずは行動。みんなに聞かなければ、向き合わなければ
俺の“正しい”はいつまで経っても“本当に正しい”モノに近づけない。

船の一角では、皆が思い思いの時間を過ごしていた。
どうやら写真を撮る事で想い出を残している者も多いようだ。
今までの俺ならその“状況”を見て、それに合わせた話題を振る事を考えたハズだ。
でも今は違う。俺には時間が無いし、そうしたいと思わない。

ただ、今すぐに聞けばいいというモノでもない。
聞きたい事を伝え、みんなにもそれを考えて貰った末に出たモノが知りたい。

本音を言うと、まだ少し怖かった。頭では分かっているそれが、
救助船に乗り込んだ後に出来た“状況”に合っていない行為をする事が……

――向き合うと決めた。そう選択した。踏み出す。進んでみせる。

「……後で構わないんだが、みんなは、俺をどういう存在だと思っているのか、
 他のみんなをどういう存在だと思っているのか、
 そしてそれはどういった名称の“感情”なのか、参考にさせてはくれないか?
 一人でも多くの意見がある事が望ましい」

みんなが俺や、他のみんなの事をどういう風に思っているのか、
そしてその“感情”の名称が知りたい。

しばらくの沈黙。

息が詰まる思いだった。“状況”に合っていないと理解しながら
それを選択する事が……間違いを選ぶことが怖い。

「む、神崎殿~、起きたであるか」
「うむ、承った。後に、であるな。真面目な回答を求められるのだろう」

おうじさんが何でも無いようにそう返した。
……出来た。俺にもみんなと向き合う為の一歩を踏み出す事が出来た。

緊張で渇いた喉は、返答をしようとした俺に数瞬の間を作った。

「……俺はいつだって“真面目”で“真剣”だったよ。
 ありがとうおうじさん。うん。また後で」

そこからは口火を切ったように皆、俺の知りたかった
みんなの気持ちについて考えると答えてくれた。

踏み出してみればなんて事の無い事だった。
恐らく今、こうしてやり取りをした大多数の人は
俺がこんなにも緊張して言葉を口にしたとは微塵も思っていないのだろう。

――それほどまでに、それはごく自然なやり取りとして行われたのだ。

俺の質問を聞いた者の中には
すぐにその答えを出そうとして難しそうな顔を浮かべる者も居た。

「俺の我儘で振り回してごめんな。何か思いついた時は教えて貰えると助かる」

すぐに知りたい事ではあるが、急いで出るモノでもない。
自分の“気持ち”の言語化。
それは俺にも難しくて、到底すぐに出来るモノでは無いから。

とかげの人がそこから派生して考えたのか、俺も含めたみんなに向けて質問を口にした。

「みんなも 友達が 居るのか?」

皆、その質問に答える。俺も彼の気持ちに向き合う為に
自分の思う、自分の“気持ち”を言葉にして伝えた。

「……生憎そう呼べる者は多くない。ただ、生きるか死ぬかを共にした“仲間”だし、
 それを“友達”と置き換えても差し支えが無いのなら、
 共に島から脱出したみんなは“友達でもある”と思う」

その言葉を聞いて、多くの者が嬉しそうに同じ意見だと言っていた。
あぁ、やはりそうだった。
自分の意見がみんなと“合っていた”から嬉しいのではない。
これはみんなと同じ“気持ち”だったから嬉しいんだ。
俺はようやくみんなと“感情的な部分”で向き合う事が出来た。



その後もみんなと別の話などをしていると、突如、船の近くで大きな音がした。

シャチだった。
うん、どう見てもシャチ。それも船に寄り添うように泳ぐ変わったシャチ。

「随分人懐っこいシャチだなぁ」

などと言いながらその様子を見ていると、どうにも様子がおかしい。
笛のような声をあげながら、その場から全く離れようとしないのだ。
俺はエサでも欲しいのかと思い、シャチの好物について聞いたりしていた。
そうこうしていると、そのシャチは尾ビレで甲板にキノコを投擲して来た。

……様子がおかしいシャチだと思っていたが、これはそれだけではない。

キノコを持っていた事にも驚きだが、それを“食べず”にこちらに渡した。
シャチがキノコを食べるのかなんて知らん。
ただ、今はそのシャチが食べなかったという事実と、
こうしてこの場から離れようとしない事が一つの非論理的な結論を出そうとするのだ。
島に流れ着く前の俺なら絶対にそんな考え方はしない。
だが、俺の“感情的な部分”がどうしてもそうだと思わせるのだ。

――その姿が何故かエポラと重なって見えたのだ。

俺はすぐに船に居る者の確認。
詰まる所“エポラが今、船に居るか”の確認を行った。
そしてそれは俺の“理論的な部分”が否定していた答えとなった。
エポラの乗船は確認していたが、今現在彼女は船に居なかったのだ……

「つまり……君は、エポラだな?」

再び甲板へと出た俺は、そのシャチに向かって全く俺らしくない事を口にした。
シャチはそれに応えるように潮を噴いて見せた。
その様子は少々慌ただしく見え、喜んでいるのか、
最初に見た時に気づかなかった事を怒っているのか、全く分からなかった。

「……今のは返事だよな? 喜んでいるのか、
 すぐに気づかなかった事を怒っているのか分からん。
 無茶を言うな無茶を……気づいただけマシだろ」

シャチの正体がエポラだと気づいたみんなは嬉しそうにエポラを見ていた。
エポラはまるでその背に乗れとでも言わんばかりに船にその体を横付けしてみせた。

……いや、乗らんが?

数名がエポラの背に乗り、ロンに至っては俺達にも乗れなどと言いだした。
自慢では無いが、俺がシャチの背に乗った場合振り落とされる未来しか見えん。

「バカな事を言うな。フィジカル面が君達とあまりにも違い過ぎる……
 キノコを食べなかったなエポラ? “良い子だ”」

俺はロンとエポラがキノコのやり取りをしていた現場を押さえている。
その時に証拠隠滅を図ったのか、ただ食べたかっただけなのかは知らないが
二人でキノコを食べた所を叱っている。

これはその時に反省したエポラが、もうキノコは食べないと
意思表明した時に俺が彼女に向けて言った台詞だ。
ちゃんとエポラだと気づいたし、エポラに向けた言葉も送った。
それに満足した俺はこのまま居たら背に乗せられかねないと思い、船室へと戻った。


それからしばらく時間が経った。
俺は再び、みんなに聞きたかった事について聞いた。
後悔をしたくないからそれが必要だとも伝えた。

すると、最初に聞いた時からみんなは
それについて考えてくれていたようで、様々な意見を口にしてくれた。

理論的なのに理論の中で感情が動き回っていそう
感情の名称は面白い

一言で表すのは難しくて、色々な世界から来て、
色々な立場の人が居るけど『その時を生きている命』
みんなに対しての感情の名称は命、感銘を受ける

真面目、個性的で凄い
感情の名称はよく分からないから答えられないが、
ここで会ったのも何かの“縁”

どんな形でも“最善”を尽くす事を重んじている

ぁいや! つよい かしこい!
……赤子が質問に答えてくれるとは、ていうか赤子に教えを乞う俺って一体……

俺の事を“盟友”と表現する者も居た。
俺も彼には友とは違った何かを感じていて、
その言葉がとてもしっくり来たし何よりもその方が嬉しかった。

俺の事を年の割に凄い真面目で融通が利かないと表現する者も居た。
あまり自覚が無かったので少々驚く事になった。
融通……利かないか?

俺の事をたくさん考えて、聞いた上で考える。
今もたくさんの事を聞いて礼が言えるのは素敵だと表現する者も居た。
俺も彼の、怪我をしながらでもみんなの為に何かをしようとする所を
素敵だと伝え、その上で怪我をする事が良い事という訳では無いとも伝えた。

俺はこうしてたくさんのみんなの気持ちと向き合った。
本当に考えもしなかったような意見や、俺と同じような意見。
少し俺と似ているが違った意見や、分からないという意見。

それは各々の“正しい”事であり、確かな感情の一端だ。
全員分聞いて回れる程の時間は残念ながら今は無い。
目的地へ到着するというタイムリミットがある。

今の俺の中にある“正しい”を
みんなの気持ちを聞いた上で今現在における“本当に正しい”モノに近づける。

後は、“特別”な人に俺の想いを伝えるだけだ。