・神崎の手記(日常会話)
“特別”な人に今の俺が伝えられる“本当に正しい”想いを聞いて貰う為、
ニシュの名を呼びながら、船中を探し回っていた。
ただ名前を呼ぶだけではいけない。俺にそうする必要性がある事も伝えなくては……
「船が目的地に着いてしまう前に、どうしても君に伝えたい事があるんだ!
まだ君が怒っていたからという理由で伝えられず後悔はしたくない!
だから……聞こえていたら返事をしてくれ!」
そう呼びかけながら探し続ける。それに返事があったのは甲板の方からだった。
「下着は布か布じゃないか、という話なら聞かないわ!」
……怒りが収まっていれば良いな、という希望的観測をしていた俺は、
彼女の居場所を知る事と同時に、怒りが継続中である事実も知る事になった。
甲板の手摺がある辺りで、彼女は風に当たっているように見えた。
俺は甲板に向かって歩きだし、同じく手摺に触れられる程度の位置、
彼女からは少し間を取った距離で足を止めて話を切り出した。
「……それも解決すべき問題である事に変わりは無いが、
本当に大切な別の話だ。でも、それを伝える前に、俺が君に対して想う
“特別”について話していきたいと思うんだ」
他者との“気持ち”と向き合った後の、俺の“気持ち”や“特別”について、
彼女はこちらに顔を向ける事も無く口を開いた。
「あなたが“布ではない”と言えば済む問題だわ」
「――そう。なにかしら」
言葉の端々から俺にでも分かる棘を感じる。
少なくとも会話に応じてもいいと思える程度には言葉が届いたならそれでいい。
「……みんなと互いの事や、他の人達の事をどう思っているのか、
そしてその“感情”の名称について聞いてみたよ。全員とはいかなかったけどね」
船が着くまでという制限時間がある。
この船が皆の“元の世界へと帰る事を可能にする場所”を目的地としているのであれば、
それは紛れもなく時間切れを意味している。情報収集という試行錯誤はこの辺りが限界だった。
「その結果。俺はみんなの事を全然理解出来ていない事が分かった。
俺はみんなの事について“考えて”はいたんだが、
誰が何をどう思っているかなんて“正しく”理解出来る者なんか居ない」
「“最初から”間違えていたんだ。誰かの事を考える事は大切な事だけど、
それだけでその人の事なんか理解出来ない。
それを“感情の名称化”という大きなカテゴリに分類しようとするなら尚更だ」
「だから、俺が君に対して想う“特別”についての話は、この名称についてでは無い。
この名称を付ける前の“気持ち”についての話だ。誰が何を思っているのかは
“本心を告げる会話”をした時に分かるモノだから」
彼女は俺がそれを言い終わるまでの間、素っ気ない相槌を返していた。
そして、俺の気づいた事に対して彼女はしばらく沈黙して言った。
「……なんだか難しい言葉ばかりを並べるのね」
「本当に正しい人なんて、この世に存在しないわ。
誰かの心は誰にも分からないモノで、決して他人のモノにはならない。
だからこそ言葉を交わす必要があるの」
「あなたに“もっと他の人と話すべき”だと言ったのは、そういう事よ」
「それで、難しい前置きから何が出てくるのかしら」
……前置きが回りくどくなったのは仕方がないだろ。
今まで“結論”から話していたのに、その肝心の結論が“最初から”間違っていたんだから。
“理論的な部分”は感情の名称を“結論”として伝える事。
“感情的な部分”は気持ちを“過程”として伝える事。
結論から話すのが正しいと思っていたけど、それすら後回しにして気持ちを伝えたい。
「俺はニシュの事を“友達”だと思っている。一緒にソリで遊び、
離島でモノを探した時は楽しかったから、この気持ちに間違いはない」
「俺はニシュの事を“仲間”だと思っている。苦楽を共にし、
互いに協力して生存を目指した事から、この気持ちに間違いはない」
「俺はニシュの事を“愛している”と思っている。
理論的な状況に合っていなくても
“傍に居たくて居て欲しい”事から、この気持ちに間違いはない」
「俺はニシュの事を“家族のようだ”と思っている。
喧嘩をする事など日常的な事で、
その後少し気まずくなる事から、この気持ちに間違いはない」
「俺はその気持ちの数々を表現する為に“特別”という名称を、言葉を口にした」
本当に大切な別の話の前に、俺の“気持ち”と“感情”について伝えた。
彼女はそれを聞いている間、特に興味も無いように海の方に顔を向けたままだった。
俺が最後まで言い終えると彼女はゆっくり、ゆっくり瞬きをしてから俺を“見て”言葉を返した。
「……私、そんな事知っていたわ。知らないのって多分あなただけだもの。
だから私は悩んだり、考えたり、大きな声で言われるのも嫌がったの」
「でもあなた、ちっとも分からなかった。だから私、いつも一人だと思うのよ」
その声色はまるで凪のようだった。喜怒哀楽のどれにも類さない、
感情の機微を感じ取る事の出来ない声だった。
「“間違いない”から、あなたはどう思ったの?」
「誰かの言葉、その心、その人の世界から、新しいモノをあなたは知って。
あなたの言葉、その心、その世界は、どうなったの」
俺も彼女の事を、彼女の目を真っすぐに見る。
俺のどうしても伝えたかった本当に大切な話にそれが繋がる。
俺はそれを切り出した。
「“君に俺が必要だと判断した”」
「誰にでも泣いたり怒ったり出来る訳では無いニシュが、
“本心を告げる会話”を誰にでも出来るとは思えない。
危険だと思う状況で、“間違った考えから変えようとせず”
危機感を持とうとしない君を、強引にでも連れ出す相手が必要だ」
「ニシュ、これからも俺と一緒に居よう。
時には喧嘩もして、ぶつかり合いながら思っている事を言い合おう。
君が他の人に本心を打ち明けられないと言うのなら。
俺と一緒に色んな事を知っていこう!」
彼女の見えないハズの目が、確かに俺を見た。
「そんなこと、知っていたわ」
先程と同じ事を口にする彼女は、先程と違い、くす、と小さく笑った。
「知っていたけれど、あなた何にも言わないし、きっと気づかないから。
私、あなたに他の人と話せと言ったのよ」
「それであなたが分からないままなら、そこでお別れした方が幸せだもの。
あなたはようやく分かったのね。なんだか随分“子供”だわ」
彼女の“知っていた”という言葉にため息が出る。
俺がどれだけそれをきちんと伝えようと奮闘したと思っているんだ。
「そこまで分かっていて自分の気持ちを言わない君も充分に“子供”だよ。
俺が何も言わなくて気づかないままならそれでいい、
なんて風に本心を打ち明けられる相手を切り捨てようとするな」
「自分の事をもっと大切にしろ」
それを聞いてもなんでもない事のように彼女は返す。
「あら、だって別に構わなかったわ。そういうの、今までだってよくあったもの」
彼女の“分からず屋”は筋金入りだ。これで俺の意見を変えるつもりもない。
残り少ないみんなと過ごせる船旅の間は、話題に出す事を控えよう。
「……そういう所だよなぁ、いや、今はいい。
これから何度だって伝えていく内容だと思ったから」
もはや本心を伝える意味を持つ会話は日常のそれと変わらない。
ただ、なんて事の無い会話。だから俺は優先順位の低かった言い忘れていた事を口にした。
「そういえば子供で思い出したが、優先順位が低いと思って言わなかった事がある」
「君にはネーミングセンスも無い。皆がエレガント太郎や
口々に呼びたい名前で呼んでいる赤子が居るだろう?
君がその子を呼ぶ時の、その……なんだっけ。
みしみしクラムチャウダー? あれは無い。エレガント太郎と皆が呼ぶ所から取った
エレンという俺の考えた名前の方が断然センスが良い。
君はもっと多くの名前を知るべきだ」
そう伝えると驚くしかない言葉が返って来た。
「誰とも同じじゃない名前って素敵だわ? ミシシッピミシュミユチャウダーは、
みどりの“み”からきてるのよ」
俺は思わず叫んだ。
「みどりの“み”!?!?!?!?」
「“み”からあの長い名前を!?!?!?!?」
何処かで似たようなやり取りをした気がしないでもない。
こちらに関してもまだまだ先は長そうだ。今はよそう。みんなと過ごせる時間も少ない。
「一緒に戻ろう、ニシュ」
ニシュの名を呼びながら、船中を探し回っていた。
ただ名前を呼ぶだけではいけない。俺にそうする必要性がある事も伝えなくては……
「船が目的地に着いてしまう前に、どうしても君に伝えたい事があるんだ!
まだ君が怒っていたからという理由で伝えられず後悔はしたくない!
だから……聞こえていたら返事をしてくれ!」
そう呼びかけながら探し続ける。それに返事があったのは甲板の方からだった。
「下着は布か布じゃないか、という話なら聞かないわ!」
……怒りが収まっていれば良いな、という希望的観測をしていた俺は、
彼女の居場所を知る事と同時に、怒りが継続中である事実も知る事になった。
甲板の手摺がある辺りで、彼女は風に当たっているように見えた。
俺は甲板に向かって歩きだし、同じく手摺に触れられる程度の位置、
彼女からは少し間を取った距離で足を止めて話を切り出した。
「……それも解決すべき問題である事に変わりは無いが、
本当に大切な別の話だ。でも、それを伝える前に、俺が君に対して想う
“特別”について話していきたいと思うんだ」
他者との“気持ち”と向き合った後の、俺の“気持ち”や“特別”について、
彼女はこちらに顔を向ける事も無く口を開いた。
「あなたが“布ではない”と言えば済む問題だわ」
「――そう。なにかしら」
言葉の端々から俺にでも分かる棘を感じる。
少なくとも会話に応じてもいいと思える程度には言葉が届いたならそれでいい。
「……みんなと互いの事や、他の人達の事をどう思っているのか、
そしてその“感情”の名称について聞いてみたよ。全員とはいかなかったけどね」
船が着くまでという制限時間がある。
この船が皆の“元の世界へと帰る事を可能にする場所”を目的地としているのであれば、
それは紛れもなく時間切れを意味している。情報収集という試行錯誤はこの辺りが限界だった。
「その結果。俺はみんなの事を全然理解出来ていない事が分かった。
俺はみんなの事について“考えて”はいたんだが、
誰が何をどう思っているかなんて“正しく”理解出来る者なんか居ない」
「“最初から”間違えていたんだ。誰かの事を考える事は大切な事だけど、
それだけでその人の事なんか理解出来ない。
それを“感情の名称化”という大きなカテゴリに分類しようとするなら尚更だ」
「だから、俺が君に対して想う“特別”についての話は、この名称についてでは無い。
この名称を付ける前の“気持ち”についての話だ。誰が何を思っているのかは
“本心を告げる会話”をした時に分かるモノだから」
彼女は俺がそれを言い終わるまでの間、素っ気ない相槌を返していた。
そして、俺の気づいた事に対して彼女はしばらく沈黙して言った。
「……なんだか難しい言葉ばかりを並べるのね」
「本当に正しい人なんて、この世に存在しないわ。
誰かの心は誰にも分からないモノで、決して他人のモノにはならない。
だからこそ言葉を交わす必要があるの」
「あなたに“もっと他の人と話すべき”だと言ったのは、そういう事よ」
「それで、難しい前置きから何が出てくるのかしら」
……前置きが回りくどくなったのは仕方がないだろ。
今まで“結論”から話していたのに、その肝心の結論が“最初から”間違っていたんだから。
“理論的な部分”は感情の名称を“結論”として伝える事。
“感情的な部分”は気持ちを“過程”として伝える事。
結論から話すのが正しいと思っていたけど、それすら後回しにして気持ちを伝えたい。
「俺はニシュの事を“友達”だと思っている。一緒にソリで遊び、
離島でモノを探した時は楽しかったから、この気持ちに間違いはない」
「俺はニシュの事を“仲間”だと思っている。苦楽を共にし、
互いに協力して生存を目指した事から、この気持ちに間違いはない」
「俺はニシュの事を“愛している”と思っている。
理論的な状況に合っていなくても
“傍に居たくて居て欲しい”事から、この気持ちに間違いはない」
「俺はニシュの事を“家族のようだ”と思っている。
喧嘩をする事など日常的な事で、
その後少し気まずくなる事から、この気持ちに間違いはない」
「俺はその気持ちの数々を表現する為に“特別”という名称を、言葉を口にした」
本当に大切な別の話の前に、俺の“気持ち”と“感情”について伝えた。
彼女はそれを聞いている間、特に興味も無いように海の方に顔を向けたままだった。
俺が最後まで言い終えると彼女はゆっくり、ゆっくり瞬きをしてから俺を“見て”言葉を返した。
「……私、そんな事知っていたわ。知らないのって多分あなただけだもの。
だから私は悩んだり、考えたり、大きな声で言われるのも嫌がったの」
「でもあなた、ちっとも分からなかった。だから私、いつも一人だと思うのよ」
その声色はまるで凪のようだった。喜怒哀楽のどれにも類さない、
感情の機微を感じ取る事の出来ない声だった。
「“間違いない”から、あなたはどう思ったの?」
「誰かの言葉、その心、その人の世界から、新しいモノをあなたは知って。
あなたの言葉、その心、その世界は、どうなったの」
俺も彼女の事を、彼女の目を真っすぐに見る。
俺のどうしても伝えたかった本当に大切な話にそれが繋がる。
俺はそれを切り出した。
「“君に俺が必要だと判断した”」
「誰にでも泣いたり怒ったり出来る訳では無いニシュが、
“本心を告げる会話”を誰にでも出来るとは思えない。
危険だと思う状況で、“間違った考えから変えようとせず”
危機感を持とうとしない君を、強引にでも連れ出す相手が必要だ」
「ニシュ、これからも俺と一緒に居よう。
時には喧嘩もして、ぶつかり合いながら思っている事を言い合おう。
君が他の人に本心を打ち明けられないと言うのなら。
俺と一緒に色んな事を知っていこう!」
彼女の見えないハズの目が、確かに俺を見た。
「そんなこと、知っていたわ」
先程と同じ事を口にする彼女は、先程と違い、くす、と小さく笑った。
「知っていたけれど、あなた何にも言わないし、きっと気づかないから。
私、あなたに他の人と話せと言ったのよ」
「それであなたが分からないままなら、そこでお別れした方が幸せだもの。
あなたはようやく分かったのね。なんだか随分“子供”だわ」
彼女の“知っていた”という言葉にため息が出る。
俺がどれだけそれをきちんと伝えようと奮闘したと思っているんだ。
「そこまで分かっていて自分の気持ちを言わない君も充分に“子供”だよ。
俺が何も言わなくて気づかないままならそれでいい、
なんて風に本心を打ち明けられる相手を切り捨てようとするな」
「自分の事をもっと大切にしろ」
それを聞いてもなんでもない事のように彼女は返す。
「あら、だって別に構わなかったわ。そういうの、今までだってよくあったもの」
彼女の“分からず屋”は筋金入りだ。これで俺の意見を変えるつもりもない。
残り少ないみんなと過ごせる船旅の間は、話題に出す事を控えよう。
「……そういう所だよなぁ、いや、今はいい。
これから何度だって伝えていく内容だと思ったから」
もはや本心を伝える意味を持つ会話は日常のそれと変わらない。
ただ、なんて事の無い会話。だから俺は優先順位の低かった言い忘れていた事を口にした。
「そういえば子供で思い出したが、優先順位が低いと思って言わなかった事がある」
「君にはネーミングセンスも無い。皆がエレガント太郎や
口々に呼びたい名前で呼んでいる赤子が居るだろう?
君がその子を呼ぶ時の、その……なんだっけ。
みしみしクラムチャウダー? あれは無い。エレガント太郎と皆が呼ぶ所から取った
エレンという俺の考えた名前の方が断然センスが良い。
君はもっと多くの名前を知るべきだ」
そう伝えると驚くしかない言葉が返って来た。
「誰とも同じじゃない名前って素敵だわ? ミシシッピミシュミユチャウダーは、
みどりの“み”からきてるのよ」
俺は思わず叫んだ。
「みどりの“み”!?!?!?!?」
「“み”からあの長い名前を!?!?!?!?」
何処かで似たようなやり取りをした気がしないでもない。
こちらに関してもまだまだ先は長そうだ。今はよそう。みんなと過ごせる時間も少ない。
「一緒に戻ろう、ニシュ」