Eno.432 シナイ

ルンペルシュティルツヒェン

あの話を初めて聞いた時に抱いたのは、
名前の神秘への恐怖や不用心にも歌う愚かさへの侮蔑より、
ショックで自分を真っ二つにする激憤への憧れだった。
そうやって我慢の限界が来るのを願ってたんだ。

そんなつもりじゃなかった時に、ふと飛ぶみたいにさ。
魂を引き裂くほど嫌いだったんだと思う。
完璧にしたい、完璧でありたい。単純な傲慢さ。

例えばもう何羽の黒歌鳥を食べさせよう?
……って無用の考えに時々囚われるんだ。
駒鳥でも鶫でも小夜鳴鳥でもいい。
あれだけ調理して食べたんだ、雉だって混ざらないか。
太陽よりも光輝燦爛として36対の翼を持たないか。
好みでも趣味でもないかもしれないけど。

魂もなく歌うのは困難を極めるだろうって今も思ってる。
仔山羊の僕が、ほうほう、エコーしか響かせないみたいにね。
けどずっと4分の3拍子で穏やかに詠うんだ。
もう部屋じゅうに飾るしかないだろう。(そして飾った)


小人の悪魔よりくだらない秘密の答えさ。
神秘はどこにもないけど、角が折れたらあげるよ。
どんな形で持ってても構わない。加工してもいい。
やっぱり頭の上は重いみたいだから!

ちなみにこれは本当に無料の話。
小人も最後は只働きの上でおしまいだったでしょう。