Eno.14 神崎 考希

・神崎の手記(一緒に星を見られるということ)

救助船の船員にティッキィが居るという船室の場所を聞いた。

彼女が何故、みんなの元ではなくこの場所に居るのか分からない俺は
彼女がそうしている理由を聞く為に扉の前から話しかけた。

「ティッキィ。そろそろ船の到着も近い。みんなと星を見る事もまだ終わっていない。
 どうしてこちらに来ようとしないのかは分からないが、
 何か理由があるなら聞かせてくれないか?」

しばらくの沈黙の後に言葉が返ってくる。

「……カンちゃん? 星を見るのとか、ボクにとって本当にどうでも良いんだ。
 ボクは、ボクの我儘でともだち達をあの島から連れ出そうとして、
 1人に拒否されてもう1人との繋がりを裂いた。
 そのことに、どう責任を取るか、考えなきゃいけない」

この返答は予想していなかった。まだ島には“他にも人が”居たんだ。
俺はそれを見ず、知らず、聞いて来なかったんだ。
これも今までみんなと会話をして向き合って来なかった事の弊害だ。

――自分の愚鈍さに嫌気が差す。

だが、今するべき事はそうじゃない。
俺はティッキィに思っている事を伝える為に会話をするべきだ。

「そうか、俺は俺に見えていたモノしか“知らない”から
 みんなここに居ると思っていたけど、そうではなかったんだな。
 ……その二人、を、連れ出そうとした君の想いと
 今、君が抱えている想いはどちらも正しいモノだと思う。
 ただ、それについて考えるには二人の繋がりを裂いてしまったという
 “結果”だけを見ていては判断出来ないと思うんだ」

「俺達は全能の神ではない。だから、君はその想いが
 他にもたらした“成果”についても知るべきだ。
 君が誰かを救おうとしたのは、君の想いと
 “医者”として在ろうとしたモノだと、俺はそう思っている。
 この考え方が合っているのか間違っているのかは分からない。
 だけど、少なくとも“医者”として
 みんなを救ってきた“成果”もきちんと見て欲しい」

「それはあの島で治療を施した人であったり、
 君が治療に必要だと思って作った大量のモノでもあると思う。
 今、君の持っている物は、少なくとも
 君の想いの一端だと俺は思うから、せめてそれをきちんと見て欲しい。
 ……考える時間も必要だろうし、本当に星を見るのも
 どうだっていいのかもしれないから俺から伝えられる事はここまでだよ」

扉の向こうから声が返ってくる。

「拠点に居なかっただけで、あの島には森で、ずっと生きてた子が居るのを
 ここの人達はどれだけ知ってるのかな。責めるつもりは無いけど……
 成果、成果?……分かんない。平気で命を削り続ける人が居た。治療を拒む人が居た。
 そして、人を、一人救えなかった。ずっと、ボクの心に残り続ける。
 二人とも救いたかったのに。もう一人も、島の方を見続けてる。
 ……ボクが救えたのは、良い子だけだよ。
 救おうとしたのも、良い子だけだよ。これじゃあ自分勝手だ……」

自分勝手なら俺だってそうだ。だけど、彼女が救おうとした事は
決して“間違いなんかじゃない”と俺は思ったので再び言葉を返した。

「それについては俺にも分からない。現に今初めてその事を知った者がここに居る」

「君が一人救えなかった事を心に残し続けるのも、もう一人の様子が気になるのも、
 それだけ真剣にみんなを救おうと努力をしたからだ。
 危険な行為を繰り返す者も、治療を拒む者も、そうして思い返すのは、
 どちらも本当は救いたいと君が想っていたからだ」

「今、俺がこうして話しているのも自分勝手な言い分だ。
 なんの根拠もなく君について話している。だが、それの何が悪い。
 他者が何を考え、何を思っているのかなんて“正しく理解”出来るハズがない」

「成果が分からないなら所持品を見てくれ。確かにそこに、
 君が“みんなを救おうとした事を証明するモノ”があると思うから」

彼女からの返答はない。扉の向こうに居る彼女に
俺の言葉が届いたのかを知るすべなんて無い。

「先にみんなの所に行ってるよ。ティッキィと同じ様に、みんなに治療を施せた事」

「本当に心から誇りに思っている」

それだけ言い残し、その場を去った。まだ見掛けていない人も多い。一人でも多くの人と星を見られるように尽力しなければならない。

こうして船内で“島に居た人達”を探し始めると、
既に複数の姿が見当たらない事に気が付いた。
おかしい。船はまだ到着していないというのに。
シャチとなり、泳いでいるから乗船していないエポラを除いたとしても……

――俺は大事な事を見落としていると気が付いた。

船が到着するという物理的なモノだけが目的地では無い。
実際にエポラは既にシャチとなり、島に居た時とは異なる状態になっている。

――既に各々特殊な手段で帰還している可能性は充分にある。
勿論、今向かっている目的地こそが、その特殊な手段である可能性もあるが、
それを一体誰が正しいと言えるんだ?

――この同じ船に乗っているという状況も、
“しりとり”の時に話した境界線が不安定な状態と言えないか?

――本当に俺達は同じ様に船を降りる事だけが正しいと何故思い込んでいた?


俺はその考えと、既に数名が見当たらない事実と共にみんなの元へと戻った。
みんなはどうやら、星を見る為のモノを使う時を見計らっていたようだった。
全員集まっていないんだから使うタイミングが難しいのだって説明がつく。
だから一番その星を見る事にこだわっていたロンに、そのタイミングを任せる事にした。

ロンはルーシーに、この星を見るモノの件で
世話になったであろう事を島中に響いたメガホンの声の主という形で知っている。
あれを聞けば、ロンがルーシーとも一緒に星を見たいと思うのも通りだろう。
だが、今現在彼女は何処にも見当たらない。
既に帰還を果たしてしまったのかもしれない……

不意に俺の肩に何かが、ぽん、と触れた。

「そうそう。いーぃ事言うじゃないか、神崎! 聞いたねー?
 ロン、キミの好きなタイミングで使っちゃえば良いのさ!」

振り返るとそこには、口に煙草を咥えながら、嬉しそうに軽く笑いつつ。
俺の背をぱんぱん叩き続けるルーシーが居た。

俺の口から出た言葉は「……は?」という
一言だけだったが、あらゆる気持ちが、感情が詰まっていた。
何でもない事の様に彼女は、俺の目の前で手を振りつつおどけた様子を見せる。

……うん。無理だ。流石にこちらにも限界というモノがある。俺は声を荒げた。

「ルーシー、君なぁ……いや、“お前”なぁ!」
「何処探しても見つからないからもう何らかの方法で帰還したのかと思っただろうが!
 超常を目の当たりにし、様々な種類の者がいる現状。
 船が到着するという物理的な部分以外にも帰還条件が満たされる可能性があると
 視野に入れないといけないだろうが!」
「それを……はぁ~~~」

そんな俺の様子を見ても尚、彼女は船酔いで動けなかっただとか
言った後、「心配してくれたんだ?」とふざけた事を言ってみせた。

「心配? するだろ当然。何がおかしいんだ。ぶっ飛ばすぞ」

全く、非合理的な手段に出るぞと警告した。
それで解決するなら一番腕力の強い奴が一番賢いことになる。
その後の事はあまりよく覚えていない。
頭に上った血が下りてくるまで時間を要したからだ。


気持ちを落ち着かせる為か、そうではないのか俺にも分からないが、
ニシュに想いを伝える為に彼女を探し始める少し前、
俺の知りたかった事についての返答を考え、伝えてくれた。
おうじさんとキリエルの会話について思い返した。

おうじさんは普段の明るく、少々抜けたような物言いではなく、
随分硬い表現で俺や、その周りの事を口にしていた。

「解答としては、カンザキ殿はカンザキ殿、という存在でしかないな」
「名称をつける関係性ではないのである。よく働き、考えすぎなほど考え、
 懸命すぎるほどに励もうとする、真面目な君の、カンザキ殿。
 それだけで君の存在を認識できるし、それだけで良い」
「他の皆もそうであるな。彼は彼、君は君。縁故、
 同じ無人島に存在した彼らである。それなりに知っている」
「して、付随する感情であるが……」
「善きであるな。明確には表せまいが」
「悪感情ではあるまいよ。いつもいつも、考えている人間は好ましいが故に」

それはまるで理論で武装した俺のような物言いだった。
俺はその“機械のように語られた”彼の気持ちに礼を述べ、
漸く彼の本当の部分を知る事が出来た様に思えた事を告げた。

彼は少々その返事に狼狽え、取り繕うように振る舞ったが
それについて深く追求していく事は野暮だと思ってやめた。

本心を打ち明けるだけが全てでもない。
時にはそれを言わない事もまた、本心を告げる事でもあると思うから。


そろそろニシュに伝えたい事も自分の中でまとまって来たかなという頃、船室を訪ねてくれたキリエルとの会話について思い返した。
彼女の発言に関しては、涙が出る程に大笑いしてしまった。

「考えがまとまったから伝えに来たわ」

「神崎さんは真面目で細かいことによく気付く、気配りのある人だと思うの。
 それに、相手のことを理解しようと歩み寄れる優しさもある」

「……あっ、でも、どんな状況であっても、
 女の子は下着を見られるのが恥ずかしいと感じるのよ。もちろん私もね!」

俺の評価に関しては少々持ち上げ過ぎだが、出来過ぎだと言わざるを得ない意見だった。
彼女は本当によく周りの事も見ている。それに足る会話もして来たのだろう。
ただ、俺にも言わないといけない事があったようなので、その件に関して本心を打ち明けた。

「一つだけ訂正させてくれ。
 俺は下着を見られる事を恥ずかしい事だと理解出来ない程に、
 何も考えていない訳でも、何も思わない訳でもない!
 ただ、島が沈んでいく状況で自分の身の安全ではなく、
 下着が見える事ばかり気にしていたニシュに腹を立ててそういう言い方になってしまっただけだ」

キリエルは天使という種族の存在だと聞いている。
彼女は本当に人間や、他の種族の事をしっかり見て、会話し、考える事が出来ていると思った。


色々と考え事をしていると、ロンが星を見るモノを空へと掲げ、
そこから光が空へと浮かび――無数の煌めきを振り撒いた。
最初それを見た時に俺は、その現象を科学的視点に基づき見解を述べていたが、
やがてそれについて“分からないという事が分かり”皆とその景色を楽しむ事にした。

しっかりとこれを覚えておかないといけない。
この景色を説明出来るだけの言葉が必要になる。その時が来るのかは分からないが、
“特別”な人と星を見ようとした時、一緒にそれを叶える為に必要となる。

本当はみんなと星を見る為にと用意した星型のクッションだけど、
それでも別の望みを叶えられるだけの事は出来る。
彼女がそれに触れ、俺もそれに触れて目を閉じる。

――たったそれだけで、ニシュと一緒に星を見る事が出来るから

それがいつだって構わないだろう? これから長い付き合いになるんだから。