RECORD
Eno.50 Liber·O·Igreedの記録
⨭
夜警を終えた後だったから、起きたのは夕方だったか。
一階のラウンジに降りてみれば、やけに騒がしかった。
何があったか尋ねれば、「抑制剤が余っている」という。
あ、まずいなって。多分顔が引き攣ってた。
抑制剤。魔導クローンが石化しない為に定期的に打つ必要のあるもの。
足りないのは誰かが必要以上に打ってるだけだが、余っているということは誰かが打ってないということ。
故意でなければ、今すぐ打ってもらわなければならない。
故意であれば――
しかも、いつもこういうのを仕切ってたのは僕だったから。
すぐに勘付いたのは、案の定ミカゼだった。



いくらでも誤魔化しはできた。騙せるとは思った。
ただ、それをやったところでミカゼは納得しなかっただろうし。
犯人探しになって時間を浪費する方が無駄だと思った。

軽い口調で僕が言うと、周りがどよめいた。

管理帳簿を持ったクローンの一人が尋ねる。



戯けながら笑っていうも、空気は外気より凍ってた。



それまで唖然として黙っていたミカゼだったが、こちらに歩み寄って。
素手で胴体を。金属の腕で顔面を。
文字通りダブルパンチでぶん殴ってきた。
本気だったようで、一回り大きい僕だが、床に倒されるくらいの威力だった。

今までのミカゼでは聞いたことはない、大きな声だった。
起き上がろうとする僕の胴体と左手を踏みつけ、起き上がれなくする。



空いてる右手で襟を広げる。
首に広がる、以前よりは大きくなったそれ。

赤紫の結晶は、もうすぐ服で隠せる限界を越える。

急性じゃない。慢性だ。
急性の石化とは、体内に取り込んだ魔力石との適合率が下がり急速に進行する石化症状のこと。これは適合率を正せばいいので、抑制剤を打てば治る。
慢性の石化はゆっくり進行する石化症状で、何故起きるのかはっきりと分かっていない。そのせいで治療法も確立しておらず、魔導クローンは年を重ねるとそのリスクも上がる。

ミカゼの顔は、帽子の影に隠れてよく分からない。

ただ、間違いなく。ミカゼの声は震えてた。




力の入らなくなったミカゼを避けて、起き上がる。
帽子を弄る彼の背を叩いて、吹雪く外に出た。
(続)
一階のラウンジに降りてみれば、やけに騒がしかった。
何があったか尋ねれば、「抑制剤が余っている」という。
あ、まずいなって。多分顔が引き攣ってた。
抑制剤。魔導クローンが石化しない為に定期的に打つ必要のあるもの。
足りないのは誰かが必要以上に打ってるだけだが、余っているということは誰かが打ってないということ。
故意でなければ、今すぐ打ってもらわなければならない。
故意であれば――
しかも、いつもこういうのを仕切ってたのは僕だったから。
すぐに勘付いたのは、案の定ミカゼだった。

「聴劣化。直近で抑制剤を打ったのは?」

「……………」

「聴劣化!」
いくらでも誤魔化しはできた。騙せるとは思った。
ただ、それをやったところでミカゼは納得しなかっただろうし。
犯人探しになって時間を浪費する方が無駄だと思った。

「あー、ごめんごめん。それ僕だわ」
軽い口調で僕が言うと、周りがどよめいた。

「ちょ、聴劣化。一度だけだろ?」
管理帳簿を持ったクローンの一人が尋ねる。

「何本余ってる?」

「6本……」

「じゃ、全部それ僕だわ。
みんな偉いな〜。誰も使わなかったのか」
戯けながら笑っていうも、空気は外気より凍ってた。

「はは、嘘だろ聴劣化? 何でお前が……」

「アンタじゃん、いつも気を付けろっていうの」

「これだけの数……急性症状が出てもおかしくないんじゃ」
それまで唖然として黙っていたミカゼだったが、こちらに歩み寄って。
素手で胴体を。金属の腕で顔面を。
文字通りダブルパンチでぶん殴ってきた。
本気だったようで、一回り大きい僕だが、床に倒されるくらいの威力だった。

「死にたいのかお前は!!」
今までのミカゼでは聞いたことはない、大きな声だった。
起き上がろうとする僕の胴体と左手を踏みつけ、起き上がれなくする。

「うぐっ」

「手が開いてるやつ、抑制剤を持って来い!
打ってないなら今すぐ打ってやる!」

「ミカゼ、悪かった。悪かったから」
空いてる右手で襟を広げる。
首に広がる、以前よりは大きくなったそれ。

「予め言っておくけど、打たなかったからなったんじゃない」
赤紫の結晶は、もうすぐ服で隠せる限界を越える。

「もう手遅れなんだよ」
急性じゃない。慢性だ。
急性の石化とは、体内に取り込んだ魔力石との適合率が下がり急速に進行する石化症状のこと。これは適合率を正せばいいので、抑制剤を打てば治る。
慢性の石化はゆっくり進行する石化症状で、何故起きるのかはっきりと分かっていない。そのせいで治療法も確立しておらず、魔導クローンは年を重ねるとそのリスクも上がる。

「だから、抑制剤打っても無駄なんだよ」
ミカゼの顔は、帽子の影に隠れてよく分からない。

「だから?」
ただ、間違いなく。ミカゼの声は震えてた。

「だからってなんだよ」

「……抑制剤、高いじゃん? 僕みたいな手遅れな奴に打ったところで無意味――」

「……………………」

「……じゃ、ねーよなー! そーだよなー!
悪かった、悪かったって! みんなはそうなってもちゃんと打てよ!」
力の入らなくなったミカゼを避けて、起き上がる。
帽子を弄る彼の背を叩いて、吹雪く外に出た。
(続)