RECORD

Eno.321 ロトリアシア・メイラースの記録

妹のこと

 
ロトリアシア・メイラース。メイラース家の長女。
ピースィレナイアの妹。三人きょうだいの真ん中。
父に似た髪色をした兄と違って、母と同じ黄色い髪をしている。
それを後ろでまとめ、短めに整えた、活発な女の子。
近所に住む者なら、誰もが知っているかわいい子だ。


「おつかいかな? ママが買っていくのと同じでいい? わかった!」

この街には、誰もが通う──遠くの街からそれ目当てで来る者さえいる、
よく名の知れた店がある。
クッキーやプリン、ケーキにパン。
見た目はどれもごく普通だが、忘れられないような優しい甘さをしている。
ロトリアシアはその店で働いていて、いわゆる看板娘というやつだ。
彼女を目当てにここに通う客も、そう少なくはない。

「はい、気をつけて持って帰ってね! 転んじゃダメだよ?」
「こっちはサービス! 一人でおつかいできてえらいね!」

パンとクッキー、プリンがふたつ。
袋につめて、おまけにキャンディーを添えて。
手を振り笑顔で帰っていく子供に、同じようにひらひら手を振りにっこり笑顔。
休む暇はそう多くないが、ロトリアシアは幸せな忙しさに浸っていた。

「ロト」
「ん? あっ、お兄ちゃん! どうしたの?」
「そろそろあいつの来る時間だろ」

ピースィレナイアも、今はここで働いている。
というか、まあ、ある種の家族経営だ。
家の支えも、その地位も、教養も、美しさも。
なんでも持つロトリアシアが、名門校への進学さえも蹴って店を開いたのは、
ただまっすぐに夢のため。
ずっとなりたかった、お菓子屋さん!

「あっ、え、もうそんな時間!? 大変、もっとたくさん並べておかないと……」
「やっとく。接客続けてて」
「ほんと? ありがとう!」

その夢を支えてやりたくて、ピースィレナイアも頑張っている。
いっつも大量に買っていく常連がそろそろ来る頃だから、その準備。
なんでも、自分で食べるのと、人にあげるのとの両方でたくさんいるって。
焼きたてのパンとか、あとはおまけで渡す予定の新作のクリームサンドとか、
いろいろと出してきておく。

「やっほ~」

そんなことをしているうちに、店のドアが勢いよく開く。
そう感じるだけで、実際には丁寧に開かれていく。声だけがでかい。

「あ! いらっしゃいませ!」
「ちょっと早かったな」

きょうだい二人が、笑顔で出迎える。
表情の薄いピースィレナイアでさえ、見てわかるほど微笑んで。

「今日は用事がすぐ済んだから。
 それより、今日はおいしそうなの、ある?」
「はい! キャラメルさんの来る曜日だから、ちゃんと準備してあります!」

キャラメルと名乗る、ロトリアシアと同じような黄色い髪の女。お得意様。
いつだかから毎週同じ曜日に来るようになって、その度に「ここからここまで!」みたいな勢いで買っていく。
どこに住んでて誰に分けてあげてるのか知らないけど、店としては重要な客だ。

「ほら、これ」
「あ! おいしそ~ 今食べていい?」
「いいよ」

いっつも来るから仲良くなって、今では試作品の味見までしてもらう仲だ。
毎週この日の朝は、きょうだい揃って張り切る。
この日までに用意しておいたアイデアを二人で形にして、できるだけおいしいやつを!

「おいし~! なんて言えばいいのかな、すっごい幸せの味!
 ふわふわしてて、でもさくさくしてて、食べやすくて甘くてうれしい!
 あたしは大好きな味!」
「やった~~~!」

こいつ正直語彙あんまりないな、と思うことはあるが、舌は信頼できる。
この人がおいしいと言ったものは売れるし、微妙と言ったものは売れない。
だいたい、きょうだいの評価とも一致する。

「じゃあこれは再来週くらいから並べるか」
「なら、また来ないとね」
「あれ? 来れなくなる用事でもあるんですか?」
「ううん? このお店が開いてる限り、絶対に来るよ!」
「じゃあ大丈夫ですね!」

試作品を食べて満足したキャラメルは、買い物を始める。
ここからここまで。それとこれ、ついでにこっちも。今日はこれもいい?
そうやって、運ぶには難しそうなほどの量が選ばれ、
ロトリアシアの手によって袋に詰められる。

「これで足りる? 足りるならおつりはいらないよ」
「足りるもなにも……」
「足りるなら、それで」

代金にと渡される量は、いつも多い。多すぎる。
ロトリアシアはいつも返そうとするが、キャラメルはそれを頑なに拒む。
何度かはピースィレナイアが止めたものだが……最近は、どうにも根負けする。

「……いいんですよね?」
「なんのことかな」
「もう。わかりましたよ」

抵抗を試みる時間も短くなったものだ。ロトリアシアはしぶしぶ受け取る。
その分サービスしようにも、これ以上渡しても持てないだろうな。
現に、買った分を前が見えなくなりそうな持ち方で抱えている。

「がんばってね、ふたりとも。応援してるよ」
「ありがとうございます!」

応援してくれる常連と、嬉しそうに笑顔で頭を下げて礼を言う妹。
ピースィレナイアもキャラメルに会釈を返しながら、微笑んでその光景を見る。
そのままお菓子とともに去る姿を見送って、もう少ししたら休憩の時間だ。


「お兄ちゃん」
「ん?」

客もいないので、ロトリアシアが話しかけてくる。

「疲れてない? 早めに休憩してもいいよ」
「疲れてないけど……どうした」
「ちょっとしんどそうに見えたから……気のせいかな」
「それだったら、ロトのほうが顔色悪いぞ」
「えっ!? そんなことないと思うけど……」

そんなことなくない。ロトリアシアの顔には、明らかに疲れが浮かんでいる。
寝不足とかそういった感じだろうか?
笑顔と薄い化粧に隠されてはいるが、クマとかあるし、珍しく肌荒れもしていなくない。

「仕事で疲れてるんだろ。俺がなんとかしとくから、休んでていい」
「でも」
「大丈夫。あとはだいたい表の仕事だけだし」

休憩よりあとは、客も少し減る。まあ、どうにか。

「……やだ」
「ロト?」
「お兄ちゃんだって疲れてるんだから、そうまで言うなら一緒にやって。
 それなら楽でしょ」

仕込みの間はともかく、営業時間中は接客と裏方でだいたいの仕事を分けている。
それを片側に寄せれば、労力は半分だ。
たいてい、このあとは少し余裕が出るし、やろうと思えばやれるだろう。

「わかった。じゃあそれで」
「やった!」

大はしゃぎだ。かわいくて嬉しいが、そうやって飛び跳ねるのに余力を使うのはどうかと思う。

「あのね、お兄ちゃん」

そうと決まれば休憩までに残る作業を片付けてしまおうとする背中に、声をかけられる。

「私は、ずっと夢に見てたお店をこうやって開けて、すっごく嬉しいけど……
 お兄ちゃんを辛い顔にさせてまで、続けていくつもりはないからね」

反射で返事をする。

「俺は、自分が大変でもロトの夢が叶うほうがいいと思ってるよ」

真っ向からぶつかるようなことを口にしてしまった。
気まずくて目を逸らしそうになるが、言ってしまったものは仕方がない。

「そっか」

つとめて目を合わせようとしていたせいで、ロトリアシアが一瞬だけ目を逸らし、辛そうな顔をしているのを認識してしまう。

「お兄ちゃんが私達のこと大事にするのはわかるけど、私達もお兄ちゃんのことは大事なんだよ。
 みたいなお説教、しとく?」
「いや、うん。わかる。休む」
「わかってるならよし」

ぽすぽすと頭を叩くように撫でられる。反省しています。

「わかってくれてるなら、一緒にやっていこ?
 私は、こういう生活ができれば幸せだなと思ってたけど、
 お兄ちゃんと会えないみたいな想像はしてなかったんだよ」
「うん」
「……ちゃんと身体に気をつけて、怪我もしないようにして。
 風邪も引かないようにして、怪しい話には乗らない。
 あと、女の人にも気をつけてね。お兄ちゃんは素直だから、騙されちゃう」
「ん? うん。ん?」

なんだこいつ。心配性だな。

「大丈夫だよ。仕事で忙しいから、家で暖かくしてたらそうそう何もない」
「……そうだね」

がっかりしたような顔をされる。答え方を間違ったのだろうか。

「まあ、とにかく。お兄ちゃんも休む!
 私達は大丈夫だからさ」

ころっと表情が変わる。まぶしい笑顔。
太陽みたいで、満開の花みたいで。
兄以外が見ても、護りたいものだと感じるような、純粋な表情。

ああ、そうだ。俺はこの笑顔を護るために仕事をしている──



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それが夢じゃなかったならな。


最悪だ。最悪。それ以外に言い表しようがない。
これだから夢は見たくない。醒めるから。失うから。
ロト。ロトリアシア。俺の妹。
多分、この世で一番可愛い女だ。
そんなことはないだろうが、俺にとってはそうだ。

そのロトの笑顔が。大事な店が。

違う。

俺がロトと一緒にいることが。

違う!

俺が、ロトの傍にいてやれることが!

そんな幸せが、理想が、醒めるだけの夢だというなら、
すでに覚めた眠りの中だけのものだというなら……

俺は、目を覚まさないほうが幸せなんだろうか。



それは、違うな。
夢の中のロトは、ロトじゃない。
夢の中には、家族はいない。家族ファミリーは、いない。

なら、俺の居場所は、夢の中じゃない。



でも、ロトの傍でもない。
いくら護るためとはいえ、一度血に汚れた手で、
あいつの夢には、触れてやりたくない。