RECORD

Eno.182 西森風香の記録

main: 魔法少女の気分転換

「フウカ! 明日は、僕とフィンと一緒に、散歩行こ!」


溌剌と言い放ったフェルムを見て、部屋で夕食を取っていたフウカは、わずかに困った顔をした。

魔法少女シャイニーハート。本名を西森にしもり風香ふうか
魔法少女である彼女は、元の世界では、かなり名の知れた存在であった。
何故なら彼女の元いた世界は、胸がデカいほどモテる世界だったのだ。

胸の大きな魔法少女であった彼女は、当然のように、モテまくっていた。
しかし、魔法少女が背負う宿命の前には、その人気ぶりは決して喜ばしいことばかりではない。

「フェルムくん……あなたが、あたしの魅力に抗えないのは、わかるつもりよ。
 でも、あたしは正体を隠して悪と戦う立場なのよ。目立ってはいけないわ。
 あまり気軽に人前に出たら……」

「えっ、でもこの世界は、元の世界と違って、悪の組織って見てないよ。
 それにトウコも、アリーナの外に出て息抜きした方が良いって言ってたし!」

「ちょ、ちょっと待って!? トウコって誰!? 何の話!?」


ぐいぐい話をするフェルムの前に両手を突き出し、フウカは「ストップ!」のジェスチャーを見せる。
きょとんとした顔のフェルムに代わるように、フィンが両手を上げてぴょこぴょこした。

「ドラゴンさんの、しっぽがぴかぴかの、トウコおねえさん、です!
 きょうね、おふろで、おはなししました!
 フウカおねえさんとも、たたかい、してました!」

「ええっと、ちょっと思い出させてね。
 ドラゴンの尻尾……トウコ……あたしとも戦ったことがある……
 ……ああ、色んな武器を使う彼女ね! ランブルバトルで何度か戦ったわ、思い出した」

「思い出したけど……えっと?
 その人が、フェルムくんに、あたしの息抜きを勧めたの? 何で?」


経緯がわからない、と頭を抱えるフウカの腕を、フェルムが無遠慮に掴んだ。
それは何気ない動作で、フウカにとっても見覚えのある動作だった。
彼女は、フェルムがそうやってフィンと手を繋いでいるのを、よく見ている。

「……え……?」


しかし、今、自分の腕を掴まれたフウカは、自分の顔が引き攣るのがわかった。

大して力を込めている様子もない、自分より年下に見える少女の手を、フウカは全く振り解けなかったからだ。
変身前ならいざ知らず、武器を持って戦う魔法少女の自分が、押しても引いても、びくともしない。
手首だけ石にでも埋まったかのように微動だにしないなんて、フウカにとっては初めての経験だった。
あり得ない事態に、理解が追いつかない。

そんなフウカの内心の混乱など全く意に介さず、フェルムは溌剌と話を続ける。

「お風呂でトウコと話しててさ、フウカの話もしたんだ。
 僕たちは観光してるけど、フウカはアリーナに籠ってるって言ったら、
 子供だけで歩くのは危ないこともある、って教えてくれたんだ」

「僕、フィンが怪我して死んじゃうのは嫌だし、
 フウカもアリーナの外に出た方が、息抜きになって良いって聞いたから、
 明日は一緒に散歩するのが良いと思って!」


あっけらかんとした様子で、死という言葉を使うフェルムにも、違和感がある。
ぐるぐると混乱が、目まぐるしく脳内を駆け回り、フウカは眩暈を感じて──

「わわ、フウカおねえさん、だいじょうぶです?」

「わっ、フィン、危ない!」


フィンが何か言っている途中で、フウカの腕を掴んでいた力がパッと消えた。

はっと我に返ったフウカが視線を落とすと、フェルムに抱えられた格好のフィンがいる。
どうやらフィンが、ふらついたフウカの足元に寄って行こうとしたのを、危ないと止められている所のようだ。
お互いを支え合うような格好になっている二人は、どう見ても、戦いに不向きな子供にしか見えない。

そこでようやく、フウカは本当に正気を取り戻した。

「ああっ、ごめんね! 考え事でぼーっとしちゃったわ!
 二人とも、転んだり、ぶつかったりしてない? 大丈夫?」


状況を確認して、一息ついたフウカは、さっきまで取り乱していた自分が急に恥ずかしくなった。

思い返せば、フウカは今日もアリーナでランブルバトルをこなし、疲れた状態で部屋に戻っている。
そこで食事をして、完全に気が抜けた状態だったのだから、咄嗟に腕を取られて驚けば、硬直もするだろう。
自分で固まって、それを全て相手の力だと勘違いして狼狽えてしまうなんて!

ううう、と呻きながら蹲った後、気を取り直してフウカは椅子に座り直した。
こんな醜態を晒すなんて、確かに、気晴らしが必要な状態なのかも知れない。
コホン、と咳払いを一つ。

「二人とも、あたしの心配をしてくれたのね。
 確かに、この世界では、人前に出ることを深刻に考えなくても良いのかも。
 ……明日は、三人で出掛けて、しっかり気分転換しましょう」

「わーい、みんなでおでかけ! たのしみ、です!」

「やったー! みんなで楽しもうね!」


楽しそうな子供二人を微笑ましそうに見て、やっぱりあれは勘違いだったのだとため息をついて。
フウカはテーブルに向き直り、夕食の続きを再開した。