RECORD

Eno.321 ロトリアシア・メイラースの記録

弟のこと

 
アルマネイレア・メイラース。
ピースィレナイアの弟。三人きょうだいの末っ子。
父に似た髪色をした兄と違って、母と同じ黄色い髪をしている。
それを長めに伸ばした、女の子にさえ見える、元気で真面目な男の子。
近所に住む者なら、誰もが知っている……
お母さんのことが大好きな、かわいい子だ。

彼については……兄と姉ほど、特に言うべきことがあるわけでもない。
同じように健やかに育ち、同じように愛されて。
同じように、きょうだいで仲が良い。
アルマと呼ぶお兄ちゃん、アーくんと呼ぶお姉ちゃん。
もちろん、夢魔の血を引いているのも同じ。

一つ違うとすれば、自分で気がつく前に種族について教えられたことだ。

興味のなさそうな兄、夢を追う姉。
二人の代わりに家を継ごうと熱心に学ぶアルマネイレアは、
家の蔵書を読み尽くす勢いで勉強をしていた。
置いてある本ならなんだって読んだし、難しくても目を通すくらいはした。
夢や眠りについての本も、興味があったから読みはした。
書いてあることを理解はしていたけれど、他人と談義をしたわけではないから。

夢の世界を自分の好きにできるのが、変だとは思っていなかった。


兄も姉も家にいることが減ったころ。
何歳になっても母に甘えて、勉強の時間以外ずっと一緒にいたアルマネイレアは、
その肩に寄りかかって居眠りをしていた。

アルマネイレアは、夢の中ではいつも自分の城とも言える空間を作って過ごす。
家にあるよりもーっとふかふかな、真っ白な雲でできたベッド。
飲むたびに疲れが抜けて、あまくてしあわせで眠くなるミルク。
小さいときに子守唄を歌ってくれていた、お母さんの優しい声。
いつ読んだって展開の違う、ずっーとお気に入りの絵本や小説!
それの揃った理想の空間で、自然に目が覚めるまでを過ごすのだ。

けれど、その日はその空間が作れなかった。
夢の中だとわかるのに、そこは自分の家。
扉はどれも開かないし、外には不思議と出られない。
ひとつだけ開いている扉をくぐれば、次へ次へと招くように道が開かれていく。
たどり着いたのは、母の部屋だった。

いつも夢の中にいるお母さんは、アルマネイレアの言うことを聞いてくれる。
どうにだって甘やかしてくれるし、気になることをなんでも教えてくれる。

でも、今日、そこにいたお母さんだけは違った。

アルマに話すことがある、って。
普段なら、お姉ちゃんみたいにアーって呼んでくれるのに。
でも、偽物だとは思わなかった。すっごく真剣な目をしてたから。

聞くよ、と答えたアルマネイレアは、ソファに座る。
お母さんは、その向かいに座る。
いつもは横に座るのに。

真面目な話だと理解したアルマネイレアは、よそ行きの思考に切り替えた。
例えるなら……新しい家庭教師の先生に見せる最初の顔と、同じ表情をつくった。

種族の話をされた。
自分を人間だと思っていたアルマネイレアには信じられなかったが、
母が周囲の風景を次々変えてみせたことで、すぐに信じた。
母は夢魔が混ざっていて、父は人間。
その間に生まれた自分より母のほうが夢を自由にできる、と、その場で理解した。

あとの話は、まあ、説明だった。
どれも理解できた。
兄も姉も同様の力を持つこと。
その力は、おそらく弱いこと。
控えめに考えても──夢魔として好き勝手をやるには、半分の力も持てていないこと。

続くのは、謝罪。
そんなふうに産んでしまったこと。
早く気づいてあげられなかったこと。
ピースィレナイアが出ていってしまったのは、支えきれないまま苦しませているからであろうこと。
母のことは大好きだったが、一瞬だけ、許せないとも思った。
お兄ちゃんが帰ってこない理由が本当にそれなら、お母さんのことが嫌いだな、とまで。

とはいえ、冷静になれば、そうでもなかった。
母はきっと、気にしすぎて兄にきっちり確認できていない。
兄はきっと、母や自分たちに迷惑をかけたくないから帰ってきていないだけ。
お兄ちゃんが今何をしているかくらい、お姉ちゃんに聞いたし。

そう思ったから、アルマネイレアは母の傍に座り直し、ただ慰めた。
後悔こそ消えないようだが、息子の一人から許されたことは救いになったらしい。
そのまま母は夢を出ていった。きっと、夢を見ないほど深い眠りにつけたのだろう。


その日は、自分もそれ以上夢を見ないことにした。


それからは、熱心に勉強を続けている。
親を悲しませないよう、つらくないよ、大丈夫だよ、頑張っていけるよ、と示すため。
兄に心配をかけないため。姉に好きなことをさせるため。

それと、もう一つ。
これ以上血を薄めないため、夢魔を探すことも、すこしずつやっている。
家を継ぐということは、自分も継がせないといけない。
これ以上夢魔の力が薄れたら、きっと悪影響だけがある。
だから、母は後悔をしている。

血を継ぎ足して濃くすれば、なんとかなるんじゃない?
きっとそれなら、誰も不幸にはならないはずだ。
次の世代もまた大変だけど、まあ。
そこまでしっかり検討してからなら、大丈夫のはず。
過ちは繰り返さない、ってね!