RECORD

Eno.50 Liber·O·Igreedの記録

 いつだったっけ。僕が君にウッドカットを紹介した日は。

 ミカゼは母胎出産な上、ロクな学もなくて就職先はない。
 一方、路上生活だった僕はあちこちから声がかかった。まあどれもこれも裏稼業だったし、劣化が使えない事を言えば去ってしまう事も多かったけど。『聴劣化』だけで働き先はあった。

 それが、僕らの生きる社会。機械で造られるクローンの方が働いてしまう、歪んだ世の中。

 君は変わらず身丈の合ってないスーツで、就職活動のフリで此処にサボりに来てた。
 両親は多人数の兄弟の一人に気にかけてる暇なんてなく、姉は家出して帰らず、兄は君に当て擦り、下の兄弟は力にならず。

 君の味方は誰も居なかった。

 場所代と言っておにぎり一つ。
 暇だからと、今日の天気やニュースを駄弁って。
 日が傾いたら君は帰っていった。

「君、僕を見下してるんだろ?」


 何気なく、だけど恨みを込めて、その小さな背に僕は言ったんだと思う。
 困ったり、戸惑ったりしたら正論で叩いてやろう思ったのに。

 ミカゼは、「ああ」と言って小さく頷いた。

「俺より下が居るって思うだけで、救われてる」



 当時の僕は、「純人間サマが」って、吐き捨てた。僕の言葉通り、僕を見下しているんだと。それが分かって笑える程、僕は出来たヤツではなかった。

 ただ、本当にミカゼにとっては、ギリギリの紐を掴んでいる事だった。

 それから暫くはミカゼが来なくなって。

 朝帰り。身体も綺麗になって、汚れのない服と小遣いを貰って、欠伸を噛み殺しながら久し振りに大通りを歩いていた。
 で、人の波の中でブカブカのスーツ姿の小さい男を見つけた。我ながらによく見つけたと思う。
 へえー。朝から仕事探しかー。程度にその場を去ろうとしていたけど。

 不意に、赤信号の横断歩道に歩を進める君を見た。
 いくら魔導クローンの僕だからって、その信号の意味は知っている。輸送用の大型トラックしか走らない道路。そこにはみ出た小柄な男を、僕は思わず後ろ襟を掴んで引き止めた。

「何してんだよ、君」


 多分、僕は真剣に聞いていた。
 なのに君はボーッとしてて、気付いたように上を見て。

「……あっ」


 ただ、それだけ。赤信号だった事にようやく気付いたかのような。

(続)