RECORD
Eno.710 ナティルノイア・メイラースの記録
──初めて私闘というものをした。
何度か出会ったことのある相手(ルルちゃんと、シトルーというらしい。全身水色をした女の子と、金色の髪の綺麗な子だ)と
互いに名を教え合ったり、吟遊詩人が歌うのを聴いたり。楽しいことの多い日だったのだが。
……酒場を出て何気なく向かった訓練場で、まさか顔見知りと武器を交わすことになるなんて思いもしなかった。
行った先には人がいて。
邪魔になるか?と互いに聞き合い。近くで見て学べるなら嬉しい……と、答えた矢先に誘われた。
「やってみないか? 試しに」
穏やかな声が問いかける。
どうせならば、人を相手にしたほうが学びも多かろう、と。
たぶん私は、一瞬声を失った、……気がする。
表情の薄い(──私に言えたことではないが)桃色の髪をした男は、
いつも酒場の片隅で、馴染みの顔と身を寄せ合って過ごしているやつだった。
何度か食事を奢ってもらったこともある。
……ここにいる以上、彼が闘技者の一人であることは当然で。けれど考えたことすらなかった。
私の中ではその男は、闘技場の外の存在。
あたたかな食事と談笑の声。戦いを終えてほっと一息つく。
そんな場所にいるうちの一人だったから。
──ひと息に思考を巡らせた。
相手の持つ武器の特徴、自分の手の内、男が知るだろうこちらの情報。
どうしたら勝てるか。
恵まれた体躯を持つ男、相応の打たれ強さを持つだろう彼に、
どうやれば私の手は届くだろうか。
……思考の末に手に取ったのは、二振りの刃だった。
初撃で悟った。
言葉通り、加減なし。
こちらへの配慮など欠片もなく。新入りへの侮り、甘さ優しさなんて塵ほども見えなくて。
決まれば命がないかもしれない、そう思わせる動きだった。
うれしい。
思ったのは、それで。
次にぶわりと燃え上がったのは、負けたくない、という闘志。
続く連撃は、けれど相手の得物によって、簡単にいなされてしまう。
読み勝った、と思ったのに。すいと間合いを作られて、……捌き切られた。
続ければ続けるほど楽しくなる。
は、と短く息をして、でも止まっている暇なんてない。
呼吸なんて整える暇があるなら、一振り、あともう一突き──
尾を振り抜いての重心移動。
急な方向転換の話は、いつかちょっとした雑談として、目の前の男にも聞かせたやりかただ。
すれ違いざま、スピアの先端がこちらの二の腕を裂く。
──それがなんだ、と思う。
すっかりうれしくなってしまっていて、痛みを痛みとも感じなかった。
……むしろ、こんなことで相手に一矢報いられるなら安いほど。
懐に飛び込んで、こちらの刃が腹を掠めて。
そのまま裂いてやろうと思ったのに、
「……ヴゥッッ!!」
……対応された。
明かした手の内は察されていて、槍を掴み寄せる手に阻まれて、──でも。私だって決めていたのだ。
ここはもう虎穴の内。
このまま相手に捕らえられたら、それだけで終わってしまう距離。
だから。
これがうまく行かないようなら、守りを固めると決めていた──
「めちゃくちゃ痛いぞ。恨むなよ」
──高笑いするかと思った。しなかったけど。
この瞬間に。よりによってこの瞬間に、これまでの勢いすべてを乗せた、攻防一体の大技が来るなんて──!
……後から振り返ってみれば、たぶん勝負を分けたのはここだった。
こちらの胸の中心を抉る一撃。
下手な攻撃なんかものともせずに、心臓を抉って私を殺しおおせただろう突きは、交差させた私の刃でその勢いをほぼ失って。
だから、あとは、……そのまま。
──これまで試合で何度も繰り返してきた動き。
迫る殺意を軽々飛び越えて、私の選択肢なんてひとつきり。
相手は躊躇なく殺しに来る男。
勝ちたい。負けたくない。そのために、
私はもう、これを──…下すしかないのだから。
喰らいつく。
ようやく届いた二本の牙に、楽しくて嬉しくてあやふやになりかけた視界に。
最後の最後に目に入ったのは、
……笑顔、だった。
掻き切った首からあふれた紅で、それもすぐに見えなくなってしまったけれど。
.
.
.
…………
……
…
そのあとは、なんだかもう。
ふわふわとして、うまく言葉にできない。
やくそくをした。
またやるんだって。
もういちど、なんどでもまた、わくわくしていいんだって。
「楽しかった」って笑ってくれたから、──
そう。振り返れば振り返るほど。
わたしもほんとうに、たのしかった、……
…
……
…………
.
.
.
ピースィレナイア・メイラース。
ピィと、友達になった。
たのしかった、……
──初めて私闘というものをした。
何度か出会ったことのある相手(ルルちゃんと、シトルーというらしい。全身水色をした女の子と、金色の髪の綺麗な子だ)と
互いに名を教え合ったり、吟遊詩人が歌うのを聴いたり。楽しいことの多い日だったのだが。
……酒場を出て何気なく向かった訓練場で、まさか顔見知りと武器を交わすことになるなんて思いもしなかった。
行った先には人がいて。
邪魔になるか?と互いに聞き合い。近くで見て学べるなら嬉しい……と、答えた矢先に誘われた。
「やってみないか? 試しに」
穏やかな声が問いかける。
どうせならば、人を相手にしたほうが学びも多かろう、と。
たぶん私は、一瞬声を失った、……気がする。
表情の薄い(──私に言えたことではないが)桃色の髪をした男は、
いつも酒場の片隅で、馴染みの顔と身を寄せ合って過ごしているやつだった。
何度か食事を奢ってもらったこともある。
……ここにいる以上、彼が闘技者の一人であることは当然で。けれど考えたことすらなかった。
私の中ではその男は、闘技場の外の存在。
あたたかな食事と談笑の声。戦いを終えてほっと一息つく。
そんな場所にいるうちの一人だったから。
──ひと息に思考を巡らせた。
相手の持つ武器の特徴、自分の手の内、男が知るだろうこちらの情報。
どうしたら勝てるか。
恵まれた体躯を持つ男、相応の打たれ強さを持つだろう彼に、
どうやれば私の手は届くだろうか。
……思考の末に手に取ったのは、二振りの刃だった。
初撃で悟った。
言葉通り、加減なし。
こちらへの配慮など欠片もなく。新入りへの侮り、甘さ優しさなんて塵ほども見えなくて。
決まれば命がないかもしれない、そう思わせる動きだった。
うれしい。
思ったのは、それで。
次にぶわりと燃え上がったのは、負けたくない、という闘志。
続く連撃は、けれど相手の得物によって、簡単にいなされてしまう。
読み勝った、と思ったのに。すいと間合いを作られて、……捌き切られた。
続ければ続けるほど楽しくなる。
は、と短く息をして、でも止まっている暇なんてない。
呼吸なんて整える暇があるなら、一振り、あともう一突き──
尾を振り抜いての重心移動。
急な方向転換の話は、いつかちょっとした雑談として、目の前の男にも聞かせたやりかただ。
すれ違いざま、スピアの先端がこちらの二の腕を裂く。
──それがなんだ、と思う。
すっかりうれしくなってしまっていて、痛みを痛みとも感じなかった。
……むしろ、こんなことで相手に一矢報いられるなら安いほど。
懐に飛び込んで、こちらの刃が腹を掠めて。
そのまま裂いてやろうと思ったのに、
「……ヴゥッッ!!」
……対応された。
明かした手の内は察されていて、槍を掴み寄せる手に阻まれて、──でも。私だって決めていたのだ。
ここはもう虎穴の内。
このまま相手に捕らえられたら、それだけで終わってしまう距離。
だから。
これがうまく行かないようなら、守りを固めると決めていた──
「めちゃくちゃ痛いぞ。恨むなよ」
──高笑いするかと思った。しなかったけど。
この瞬間に。よりによってこの瞬間に、これまでの勢いすべてを乗せた、攻防一体の大技が来るなんて──!
……後から振り返ってみれば、たぶん勝負を分けたのはここだった。
こちらの胸の中心を抉る一撃。
下手な攻撃なんかものともせずに、心臓を抉って私を殺しおおせただろう突きは、交差させた私の刃でその勢いをほぼ失って。
だから、あとは、……そのまま。
──これまで試合で何度も繰り返してきた動き。
迫る殺意を軽々飛び越えて、私の選択肢なんてひとつきり。
相手は躊躇なく殺しに来る男。
勝ちたい。負けたくない。そのために、
私はもう、これを──…下すしかないのだから。
喰らいつく。
ようやく届いた二本の牙に、楽しくて嬉しくてあやふやになりかけた視界に。
最後の最後に目に入ったのは、
……笑顔、だった。
掻き切った首からあふれた紅で、それもすぐに見えなくなってしまったけれど。
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…………
……
…
そのあとは、なんだかもう。
ふわふわとして、うまく言葉にできない。
やくそくをした。
またやるんだって。
もういちど、なんどでもまた、わくわくしていいんだって。
「楽しかった」って笑ってくれたから、──
そう。振り返れば振り返るほど。
わたしもほんとうに、たのしかった、……
…
……
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ピースィレナイア・メイラース。
ピィと、友達になった。