RECORD
Eno.566 マリナ・ザ・ストレンジの記録
「どのあたりからいらしたんですか?」
「太平洋のほうかしらあ。
もともとはマサチューセッツにいたんだけど、諸事情で」
「お仕事の都合で?」
「ま、そんなとこねえ」
ハンモックから身体を起こして、横に座った彼女に視線を向ける。
私は傍らのフレッシュジュースを嚥下して、サングラスを外した。
「こんな何もないところにわざわざ来るなんて、物好きですね?
セント・ジョージのほうが、よっぽど似合いそうですけど」
「むしろ現代人の大半に必要なのはこういうところじゃないかしらあ。
……最初はネットが通ってなくてかなり抵抗もあったけど、
バカンスをしようと思ったらテレビの天気予報で事足りるのよ」
そう。私だって、最初から手元に通信機器があったわけじゃない。
大人になるにつれて、必要だったからそれらを手元に置いていただけで、
案外自分がそれがないと生きていけないわけじゃないことに気付いた。
「そう。事足りますか。……よく聞きます。ウフフ。
こっちのほうがなんならいい、って仰る方、多いんです」
「なんならいい、とまでは思えないけど……。
悪くないとは思うわあ。食べ物も美味しいし、いい人も多いし」
「ウフフ」
彼女は、口元に手を寄せて嬉しそうな表情を浮かべた。
随分とここが好きなのね、と思ったのも束の間。
「気になるのは海模様くらいかしら。
待ち合わせをしてるんだけど、本島から船が暫く来ないでしょう?」
「はい。来ませんね」
「来ませんね、って……不便じゃないの?」
「フフ……まあ、その。わたしは、困りませんから」
「そう……」
彼女は身を乗り出して、横のテーブルに置かれた文庫本を示す。
物珍しいものでも見たかのような雰囲気に些か妙な違和感を感じたけれど、
この時の私は、観光客が物珍しいのね、と見当違いに考えていた。
「それ、どんな本なんですか?」
口は災いのもと。
「“モロー博士の島”?
ふるいSFよ。孤島に住む、科学者のモロー博士が動物を手術して
限りなく人間に近い存在を生み出そうとする、って話。
まあ、簡単にいうなら”フランケンシュタイン”みたいなものかしら」
伝わる? メアリー・シェリー、なんて口添える。
彼女は曖昧な表情で頷いて、そうなんですね、と呟いた。
SFが好きでもない相手に長々と話をするような、つまらないギークに
成り下がるつもりはなかったから話をそこで終えようとしたけれど。
「“モンゴメリーさん”」
「え?」
彼女は、聞き覚えのある名前を口にした。
それは、“モロー博士の島”の登場人物の一人の名前でもあり。
「お探しなのでしょう?」
私をこの島へと誘った、案内人のハンドルネーム。
彼女が知っているわけがない――この話の流れで出るわけがない、
〈わたし〉を〈島〉へと迎え入れる案内人の名前だ。
彼女は、嫋やかに微笑んだまま……私を見つめていた。
● 《潮騒の》マリナ・ザ・ストレンジ - 7
「どのあたりからいらしたんですか?」
「太平洋のほうかしらあ。
もともとはマサチューセッツにいたんだけど、諸事情で」
「お仕事の都合で?」
「ま、そんなとこねえ」
ハンモックから身体を起こして、横に座った彼女に視線を向ける。
私は傍らのフレッシュジュースを嚥下して、サングラスを外した。
「こんな何もないところにわざわざ来るなんて、物好きですね?
セント・ジョージのほうが、よっぽど似合いそうですけど」
「むしろ現代人の大半に必要なのはこういうところじゃないかしらあ。
……最初はネットが通ってなくてかなり抵抗もあったけど、
バカンスをしようと思ったらテレビの天気予報で事足りるのよ」
そう。私だって、最初から手元に通信機器があったわけじゃない。
大人になるにつれて、必要だったからそれらを手元に置いていただけで、
案外自分がそれがないと生きていけないわけじゃないことに気付いた。
「そう。事足りますか。……よく聞きます。ウフフ。
こっちのほうがなんならいい、って仰る方、多いんです」
「なんならいい、とまでは思えないけど……。
悪くないとは思うわあ。食べ物も美味しいし、いい人も多いし」
「ウフフ」
彼女は、口元に手を寄せて嬉しそうな表情を浮かべた。
随分とここが好きなのね、と思ったのも束の間。
「気になるのは海模様くらいかしら。
待ち合わせをしてるんだけど、本島から船が暫く来ないでしょう?」
「はい。来ませんね」
「来ませんね、って……不便じゃないの?」
「フフ……まあ、その。わたしは、困りませんから」
「そう……」
彼女は身を乗り出して、横のテーブルに置かれた文庫本を示す。
物珍しいものでも見たかのような雰囲気に些か妙な違和感を感じたけれど、
この時の私は、観光客が物珍しいのね、と見当違いに考えていた。
「それ、どんな本なんですか?」
口は災いのもと。
「“モロー博士の島”?
ふるいSFよ。孤島に住む、科学者のモロー博士が動物を手術して
限りなく人間に近い存在を生み出そうとする、って話。
まあ、簡単にいうなら”フランケンシュタイン”みたいなものかしら」
伝わる? メアリー・シェリー、なんて口添える。
彼女は曖昧な表情で頷いて、そうなんですね、と呟いた。
SFが好きでもない相手に長々と話をするような、つまらないギークに
成り下がるつもりはなかったから話をそこで終えようとしたけれど。
「“モンゴメリーさん”」
「え?」
彼女は、聞き覚えのある名前を口にした。
それは、“モロー博士の島”の登場人物の一人の名前でもあり。
「お探しなのでしょう?」
私をこの島へと誘った、案内人のハンドルネーム。
彼女が知っているわけがない――この話の流れで出るわけがない、
〈わたし〉を〈島〉へと迎え入れる案内人の名前だ。
彼女は、嫋やかに微笑んだまま……私を見つめていた。