RECORD

Eno.378 カナリア・クリフォード・ディアの記録

令嬢、母との思い出

とある貴族の屋敷に、女性の柔らかな歌声が響いていた。
それはピアノのある部屋からで、そこには使用人のメイドが数人と、緩やかなウェーブのかかった金糸を持つ女性が一人、それから赤茶色の髪を持つ少女が一人。

「やっぱり、おかあさまのお歌は、世界一ね!」

まだ幼い年頃の少女が、歌い終えた女性に向かって拍手をする。
女性はふふふ、と口元に手を当てて淑やかに笑みを零し、少女と同じような翠の瞳で少女を――我が子を見た。
腰を折って子の頭へ手を伸ばし、自身と比べてやや硬い髪質のそれを撫でる。
子供は嬉しそうに、その手に擦りついた。

「わたしも、おかあさまみたいに、お歌をじょうずに歌えるようになるかしら!」
「あら、カナリアは今でもとっても上手よ?
 こんなに可愛らしい声で上手なのに、もっと上手になったら、母よりも人を惹きつけるようになってしまうわね」
「ひきつける、ってなぁに?」
「多くの人が、カナリアを好きになってくれるってこと」

わぁ、なんて声を上げながら、照れたように、嬉しそうに両頬に手を添えて少女ははにかんだ。
そんな娘をひとしきり撫でて、女性は姿勢を正す。

「ではカナリア、今度は一緒に歌いましょうか」
「はい、おかあさま!」

その前に、と一度水差しからカップへと水を注ぎ、女性は喉を潤した。
そうして使用人にピアノを弾くように指示を出す。

ピアノと、柔らかな女性の声、それから幼い少女の声。
まだ難しい歌は歌えないけれど、ただこの時間が楽しいが故に奏でられるそれは大層弾んでいて。

「 、」

と。



「~♪ ……おかあさま?」





「ッ は 、 っ」





女性の歌声が、途切れた。


















それは日常の最中、唐突な出来事。
後に少女は、祖父から話を聞いた。
魔法と物理的なものを混ぜ込んだ毒物が、水に仕込まれていたという。
母の歌はもう二度と聴くことはない。

そうしてカナリアは、歌声を失った。
聴く事ができなくなった。
強烈なトラウマを、植え付けられて。