RECORD
Eno.378 カナリア・クリフォード・ディアの記録
令嬢、母を亡くして
灯りが落ちた、夜の室内。
赤茶色の髪を持つ男性が、泣き疲れて眠ってしまった同じ髪色を持つ我が子の頭を、ゆっくりと撫でていた。
子供の母――自身の妻が命を落としてから、ひと月程。
その出来事はディア家に影を落とし、娘の状態も相俟って未だ拭えてはいない。
母の死を、藻掻き苦しむ様を目の当たりにした娘は、幼くもそれを正しく理解してしまった。
後に男が使用人に話を聞いたところ、叫ぶでもなく、泣くでもなく、倒れた母の手を強く握って震えていたという。
使用人からの連絡で屋敷へと急ぎ戻った時、既に妻は、息を引き取っていた。
胸中が酷く冷えたように感じながらも状況確認を行いつつ、娘の姿を探す。
妻が、いつも歌う時に入る一室。
使用人ひとりに寄り添われて、娘は床に座り込んでいた。
「カナリア」
声をかける。
「…………」
返事はない。
使用人をちらりと見る。
視線を交わした彼女はゆる、と首を横に振り、そっと娘の傍から離れた。
座り込んでいる娘の隣に片膝をつき、背中をそっと撫でる。
反応はない。
表情を窺うも、ぼんやりと虚空を見つめるばかりで父を見る事はなく。
「……カナリア」
もう一度名を呼ぶと、娘を抱き上げ、その小さな体を両腕で包み込む。
それでも娘は泣く事はせず、ただ。
そこで漸く父に縋りつくような形で、強く、抱き着いた。
あの時に比べれば、不安定ながらも泣き出す事があるだけ、まだマシかもしれない。
娘は笑顔を見せる事はなく、男も妻を失った悲しみが癒える事は無いが、それでも娘が無事だった事に自身の信仰する精霊へ感謝した。
……あれから当然、毒を仕込んだ者を見逃すはずもなく、巧妙にその存在を隠蔽していた者を探し出し地下牢へと入れている。
妻の命を奪った事、そして娘をこのような状態にした事を思えばこそ、すぐさま処断したい気持ちにもかられたが。
情報は引き出せばなるまい。
調べ上げて、情報を吐かせて、そうしきってから――時間をかけて。
男は一度、瞼を落とした。
数拍、開いた琥珀の瞳は。
優しい色を灯し、娘を見つめていた。
赤茶色の髪を持つ男性が、泣き疲れて眠ってしまった同じ髪色を持つ我が子の頭を、ゆっくりと撫でていた。
子供の母――自身の妻が命を落としてから、ひと月程。
その出来事はディア家に影を落とし、娘の状態も相俟って未だ拭えてはいない。
母の死を、藻掻き苦しむ様を目の当たりにした娘は、幼くもそれを正しく理解してしまった。
後に男が使用人に話を聞いたところ、叫ぶでもなく、泣くでもなく、倒れた母の手を強く握って震えていたという。
使用人からの連絡で屋敷へと急ぎ戻った時、既に妻は、息を引き取っていた。
胸中が酷く冷えたように感じながらも状況確認を行いつつ、娘の姿を探す。
妻が、いつも歌う時に入る一室。
使用人ひとりに寄り添われて、娘は床に座り込んでいた。
「カナリア」
声をかける。
「…………」
返事はない。
使用人をちらりと見る。
視線を交わした彼女はゆる、と首を横に振り、そっと娘の傍から離れた。
座り込んでいる娘の隣に片膝をつき、背中をそっと撫でる。
反応はない。
表情を窺うも、ぼんやりと虚空を見つめるばかりで父を見る事はなく。
「……カナリア」
もう一度名を呼ぶと、娘を抱き上げ、その小さな体を両腕で包み込む。
それでも娘は泣く事はせず、ただ。
そこで漸く父に縋りつくような形で、強く、抱き着いた。
あの時に比べれば、不安定ながらも泣き出す事があるだけ、まだマシかもしれない。
娘は笑顔を見せる事はなく、男も妻を失った悲しみが癒える事は無いが、それでも娘が無事だった事に自身の信仰する精霊へ感謝した。
……あれから当然、毒を仕込んだ者を見逃すはずもなく、巧妙にその存在を隠蔽していた者を探し出し地下牢へと入れている。
妻の命を奪った事、そして娘をこのような状態にした事を思えばこそ、すぐさま処断したい気持ちにもかられたが。
情報は引き出せばなるまい。
調べ上げて、情報を吐かせて、そうしきってから――時間をかけて。
男は一度、瞼を落とした。
数拍、開いた琥珀の瞳は。
優しい色を灯し、娘を見つめていた。