RECORD
Eno.566 マリナ・ザ・ストレンジの記録
答えがわかっていて、私は彼女に「また会える?」と問うた。
彼女は、分かりきっていた通りに「勿論」と答えた。
だから、まずは彼女という怪を分解する前に、
ここにやってきた不特定多数の元旅人たちを訪ねることにした。
私と同じ、〈係数されざる者たち〉を。
「面白くない話、してもいいかしらあ」
「美人とする話なら、面白くたって面白くなくたって構わないぜ」
歯の浮くような言葉を吐くのは、
この小さな島の中で観光客向けの露天商を商う男だった。
黒人で、体格がよく、サングラスがよく似合う男。
首から右腕にかけてタトゥーを入れて、胸元にドッグタグを下げた男だ。
私の見立ては元軍人。どこかで何かを失って、ここに辿り着いた。
「あなたも島の外から来たって、まえに言ってたでしょう?」
「ああ、そうだね。何年前だったかな。5、6年くらい前か」
「どんな風に誘われたの?」
「どんな風に……そうだな。ここは住み心地が良くて、潮風が気持ちいい。
ハリケーンの悪天候さえ乗り越えちまえば、南の楽園だって。
俺も昔はヤンチャだったからなあ。腰を据えるのも悪くないってね」
「それって、赤い髪の……麦わら帽子のお嬢さんから?」
彼は、苦笑気味に首を横に振った。
「いやいや。そんなロマンスがあったら一人でものを売ってないさ。
もう少し海の方に出て、テラスのあるカフェでもやってたよ」
「あら、そうなの」
ここで、私の仮説は一つ崩れることになる。
恒常的なものだと見込んでいたあの姿は、そうではないらしいということ。
人を拐かすのにはぴったりだから、てっきりそうだと思っていたのだけれど。
「そんな美女がこの島にいるなんて、聞いたことないね。
……ヒュウ。この話はご内密にな。赤髪のバアさんに怒られちまう」
「あら、それなら探してみるといいかもしれないわあ。
それじゃあ、誰に誘われたのかも教えてくれる?」
「ああ、最近は見ないけど……黒人で、俺みたいにタトゥーが入ってるんだ。
昔はヤンチャしてて、ゆっくりするためにここに来たって奴さ。
ここに来た当初は仕事の面倒も見てくれてさ。いい奴だよ」
男を拐かすなら、女の姿をとっていた方がいいに決まっている。
けれど、そうじゃないというのが妙に引っかかった。
私は、ありがとう、と告げて瓶ビールの分だけお金を払って
今度は別のパターンを探すべく、フィールドワークに向かう。
なんだか、ほんの少しだけ懐かしい気持ちになったけれど
これもバカンスの副作用だというのなら悪くもない。
懐かしい顔を思い浮かべて――
魔に遭ったことに、ほんの少しだけ感謝した。
● 《潮騒の》マリナ・ザ・ストレンジ - 10
答えがわかっていて、私は彼女に「また会える?」と問うた。
彼女は、分かりきっていた通りに「勿論」と答えた。
だから、まずは彼女という怪を分解する前に、
ここにやってきた不特定多数の元旅人たちを訪ねることにした。
私と同じ、〈係数されざる者たち〉を。
「面白くない話、してもいいかしらあ」
「美人とする話なら、面白くたって面白くなくたって構わないぜ」
歯の浮くような言葉を吐くのは、
この小さな島の中で観光客向けの露天商を商う男だった。
黒人で、体格がよく、サングラスがよく似合う男。
首から右腕にかけてタトゥーを入れて、胸元にドッグタグを下げた男だ。
私の見立ては元軍人。どこかで何かを失って、ここに辿り着いた。
「あなたも島の外から来たって、まえに言ってたでしょう?」
「ああ、そうだね。何年前だったかな。5、6年くらい前か」
「どんな風に誘われたの?」
「どんな風に……そうだな。ここは住み心地が良くて、潮風が気持ちいい。
ハリケーンの悪天候さえ乗り越えちまえば、南の楽園だって。
俺も昔はヤンチャだったからなあ。腰を据えるのも悪くないってね」
「それって、赤い髪の……麦わら帽子のお嬢さんから?」
彼は、苦笑気味に首を横に振った。
「いやいや。そんなロマンスがあったら一人でものを売ってないさ。
もう少し海の方に出て、テラスのあるカフェでもやってたよ」
「あら、そうなの」
ここで、私の仮説は一つ崩れることになる。
恒常的なものだと見込んでいたあの姿は、そうではないらしいということ。
人を拐かすのにはぴったりだから、てっきりそうだと思っていたのだけれど。
「そんな美女がこの島にいるなんて、聞いたことないね。
……ヒュウ。この話はご内密にな。赤髪のバアさんに怒られちまう」
「あら、それなら探してみるといいかもしれないわあ。
それじゃあ、誰に誘われたのかも教えてくれる?」
「ああ、最近は見ないけど……黒人で、俺みたいにタトゥーが入ってるんだ。
昔はヤンチャしてて、ゆっくりするためにここに来たって奴さ。
ここに来た当初は仕事の面倒も見てくれてさ。いい奴だよ」
男を拐かすなら、女の姿をとっていた方がいいに決まっている。
けれど、そうじゃないというのが妙に引っかかった。
私は、ありがとう、と告げて瓶ビールの分だけお金を払って
今度は別のパターンを探すべく、フィールドワークに向かう。
なんだか、ほんの少しだけ懐かしい気持ちになったけれど
これもバカンスの副作用だというのなら悪くもない。
懐かしい顔を思い浮かべて――
魔に遭ったことに、ほんの少しだけ感謝した。