RECORD

Eno.566 マリナ・ザ・ストレンジの記録

● 《潮騒の》マリナ・ザ・ストレンジ - 10


答えがわかっていて、私は彼女に「また会える?」と問うた。
彼女は、分かりきっていた通りに「勿論」と答えた。

だから、まずは彼女という怪を分解する前に、
ここにやってきた不特定多数の元旅人たちを訪ねることにした。
私と同じ、〈係数されざるとくめいきぼうの者たち〉を。

「面白くない話、してもいいかしらあ」
「美人とする話なら、面白くたって面白くなくたって構わないぜ」

歯の浮くような言葉を吐くのは、
この小さな島の中で観光客向けの露天商を商う男だった。
黒人で、体格がよく、サングラスがよく似合う男。
首から右腕にかけてタトゥーを入れて、胸元にドッグタグを下げた男だ。
私の見立ては元軍人。どこかで何かを失って、ここに辿り着いた。

「あなたも島の外から来たって、まえに言ってたでしょう?」
「ああ、そうだね。何年前だったかな。5、6年くらい前か」
「どんな風に誘われたの?」
「どんな風に……そうだな。ここは住み心地が良くて、潮風が気持ちいい。
 ハリケーンの悪天候さえ乗り越えちまえば、南の楽園だって。
 俺も昔はヤンチャだったからなあ。腰を据えるのも悪くないってね」
「それって、赤い髪の……麦わら帽子のお嬢さんから?」

彼は、苦笑気味に首を横に振った。

「いやいや。そんなロマンスがあったら一人でものを売ってないさ。
 もう少し海の方に出て、テラスのあるカフェでもやってたよ」
「あら、そうなの」

ここで、私の仮説は一つ崩れることになる。
恒常的なものだと見込んでいたあの姿は、そうではないらしいということ。
人を拐かすのにはぴったりだから、てっきりそうだと思っていたのだけれど。

「そんな美女がこの島にいるなんて、聞いたことないね。
 ……ヒュウ。この話はご内密にな。赤髪のバアさんに怒られちまう」
「あら、それなら探してみるといいかもしれないわあ。
 それじゃあ、誰に誘われたのかも教えてくれる?」
「ああ、最近は見ないけど……黒人で、俺みたいにタトゥーが入ってるんだ。
 昔はヤンチャしてて、ゆっくりするためにここに来たって奴さ。
 ここに来た当初は仕事の面倒も見てくれてさ。いい奴だよ」

男を拐かすなら、女の姿をとっていた方がいいに決まっている。
けれど、そうじゃないというのが妙に引っかかった。
私は、ありがとう、と告げて瓶ビールの分だけお金を払って
今度は別のパターンを探すべく、フィールドワークに向かう。

なんだか、ほんの少しだけ懐かしい気持ちになったけれど
これもバカンスの副作用だというのなら悪くもない。
懐かしい顔を思い浮かべて――
魔に遭ったことに、ほんの少しだけ感謝した。