RECORD

Eno.58 ミオリッツァの記録

羊の運命


 昔々、三人の羊飼いがおりました。
 先を行く一人の羊飼いには、斑毛で鼻口の黒い雌の仔羊がおりました。
 この魔法の仔羊は人の言葉を話して、


「ご主人様、他の二人はあなたの羊を狙って殺そうと企んでいますよ」


 と忠告した。
 羊飼いは表情を変えず、振り返りもせず仔羊に言った。


「知っているよ。僕は死ぬだろうね。それが運命なのだろう」


 そして、羊飼いは仔羊に言伝を頼んだ。
 自分を殺した二人には、死体は放牧柵の下に埋めてほしいと。
 他の羊たちには、僕は星々の流れるような結婚式で王女と結婚したと。
 自分の羊飼いの笛は、枕元に埋めてほしいと。


「そうすれば、風が吹く度に笛が鳴り、羊たちが集まるだろうから」


 ざくざくと、歩きながら羊飼いは語った。
 仔羊は羊飼いの横をとことこと歩きながら言った。


「あなたがいなくなったことを、御母上にどう言いつくろえばいいのでしょうか」


 羊飼いは答えた。


「僕は王女と天国の入り口で結婚したことにしておいてくれ。星が流れたとは言わないで」


 仔羊は、


「分かりました、必ずやお伝えします」


 と言って首を縦に振った。
 カランカランと仔羊の鈴が鳴り、後ろから二人分の人間の足音が聞こえた。
 羊飼いは前へと歩いていき、決して後ろを振り返らなかった。





―――――


 ここに眠るのはそんな人なのだ、と老いた羊は言った。斑毛で鼻口の黒い雌の老いた羊だった。
 古びた放牧柵の下で、ぐったりと身体を横たえて、苦しそうに息をしている。羊は不治の病に侵されていた。
 そんな老いた羊の背を優しく撫でながら、白髪の君は羊飼いを讃えた。


「素敵なお話だ。その羊飼いは運命を受け入れる強さを持っていたんだ」



 老いた羊は答えた。


「そうなのです、白髪の君。けれども、わたしは悲しいのです」


 老いた羊の瞳から涙が零れ出した。


「わたしが死んだら、ご主人様の運命を覚えている者がいなくなってしまいます」


 白髪の君は目を伏せて、少し考えた後に、老いた羊に腰に帯びた幅広の剣を見せた。
 

「では、儂が覚えていよう。羊飼いの運命を遺すものとして、この剣の銘は勇敢なる者ヴィテアズールとしよう」




 老いた羊はふっと目を閉じて、


「ありがとうございます。これで心残りはありません」


 と言った。
 白髪の君は羊の背を撫でながら、最後に聞いた。


「羊よ、賢いかつての仔羊よ。儂はお前の名も覚えていたい」



「白髪の君、わたしはミオリッツァと申します」

「安らかに眠れ、ミオリッツァ。星々が流れたその先で、良き羊飼いと王女が安らぎと共にお前を待っておる」




 老いた羊は首を縦に振り、カランカランと鈴が鳴った。
 白髪の君は羊の背から手を離し、迷いの消えた仔羊の旅路が良きものになるようにと祈った。
 彼女の遺骸を木の下に埋め、くいっと葡萄酒を一口飲み、白髪の君は空に言葉を投げかけた。


「太陽と月の下、お前の運命を遺すものとして、儂はミオリッツァと名乗ることとしよう」




 そうして、彼の名前はミオリッツァとなった。