RECORD
Eno.710 ナティルノイア・メイラースの記録
──歌を、うたう。
明るくて伸びやかなメロディ。
……自分の歌は、特別うまいものでもない。
けれど、今はそれでよかった。聴いているのは、たったひとりだけだから。
久しぶりに口ずさむ歌だ。
きちんと歌えるか少し不安だったけれど、
身に馴染んだ響きは、流れるように口を突く。
さらり、手を動かす。手のひらの中で、桃色が揺らぐ。
伏せたままの瞼を、穏やかな寝顔を見ていられるのがうれしくて。
自然と尾が揺れてしまう。
──歌を、うたう。
明るくて伸びやかなメロディ。
草を揺らす風が、あなたに優しい眠りをもたらすよう。
陽射しに蕾ほころぶように、あなたがいつまでも、笑っていますよう──
それは、傍らにある大切なひとの息災と、長久を願うもの。
草原に古くから伝わる旋律。
……いとし子へと向けた歌だ。
「───…ん、……」
小さく呻く声がした。
目覚めたのだ、と気付いて歌を止める。
ゆるりと目が開いて、……寝台の縁に腰掛ける自分を、見上げる。
自分のために用意された場所。座って、と望まれた場所。
大切な友人がこちらを見ている。
うれしくて、また尾が揺れた。
「……おはよう、ピィ」
「おはよ、……」
ねぼけているのか、ぼんやりした声。
しあわせだな、と胸の内で思う。
頭を撫でる手をまた動かそうとすると、顎を反らしてずらされた。
「やめろ。また寝る」
「……別に、眠いなら寝てもいいのに」
またあの顔を見ていられるなら、それでも別にいいのにな。
こちらのそんな思いを知ってか知らずか、彼は首を横に振る。
「だめ」
のそり、と身を起こす気配がするので立ち上がる。
少し名残惜しい気持ち。
……でも、次の瞬間そんなの吹き飛んでしまった。
「今日は闘うって約束だろ」
「…………ぅ、ん」
う、と言葉に詰まる。そわそわする。
この友人は、どうしてこんなに自分を喜ばせるのがうまいんだろう。
うまく言葉が出なくて喉が詰まると、ピィは ふはっ、と小さく笑った。
「口元、にやけてるぞ」
「…………!」
ぺしり、尻尾で顔をはたく。『ぶわ』と間の抜けた声がする。
緩んでいるらしい表情をさっさと隠してしまいたくて、寝台に背を向けて。
「は、早く……いこ。そんなこと言ってないで」
「はいはい。……ったく……」
……からかわれたのは腹が立つけど。
でも、闘うのを楽しみにしているのはほんとうで。
そんなの絶対、バレているに決まってる、から。
元気に動き回る尻尾をごまかすことは諦めて。
「……先に廊下で待ってる」
そう声をかけて、彼の身支度を待つことにした。
さて、今日は、どんな武器を──…
────は?
ばっ、と身を起こす。
寝台の上。さっきまでいたのと、よく似た……ほとんど同じ作りの一室。
でも、置いてある荷物や窓から見える景色、細かいところはよく見れば違う。
……当たり前だ。ここは、ピースィレナイア・メイラースの部屋ではない。
私の、私が寝泊まりしている──
「…………ゆめ?」
理解した瞬間、うぐう、と変な声が出た。
なんだあの夢。
いや、眠たげな友人を寝かしつけた経験なら、確かにある。
ある、けれど──
故郷の子守唄なんてうたった覚えはないし。
朝まで見守ったりだって、していない、……のに。
「うぐう…………」
なんだあれ。なに?
闘うのが楽しみで……にしたって。
つい昨夜、ピィの世界についていく話をした……にしたって。
だからって???
「…………………………、」
……動揺が表に出にくい肌色で、よかった。
さて、あとはこの、じたばた暴れる尾と耳をなんとするか──というか、ふつうに顔合わせられるか、これ?
なに?????
「ウゥヴウゥゥヴ、ヴゥ~…………」
それからしばらく、一人敷き布の上でごろごろしていたせいで。
いつもよりずっと、部屋を出るのが遅れてしまったのは──ここだけの話。
草原の歌
──歌を、うたう。
明るくて伸びやかなメロディ。
……自分の歌は、特別うまいものでもない。
けれど、今はそれでよかった。聴いているのは、たったひとりだけだから。
久しぶりに口ずさむ歌だ。
きちんと歌えるか少し不安だったけれど、
身に馴染んだ響きは、流れるように口を突く。
さらり、手を動かす。手のひらの中で、桃色が揺らぐ。
伏せたままの瞼を、穏やかな寝顔を見ていられるのがうれしくて。
自然と尾が揺れてしまう。
──歌を、うたう。
明るくて伸びやかなメロディ。
草を揺らす風が、あなたに優しい眠りをもたらすよう。
陽射しに蕾ほころぶように、あなたがいつまでも、笑っていますよう──
それは、傍らにある大切なひとの息災と、長久を願うもの。
草原に古くから伝わる旋律。
……いとし子へと向けた歌だ。
「───…ん、……」
小さく呻く声がした。
目覚めたのだ、と気付いて歌を止める。
ゆるりと目が開いて、……寝台の縁に腰掛ける自分を、見上げる。
自分のために用意された場所。座って、と望まれた場所。
大切な友人がこちらを見ている。
うれしくて、また尾が揺れた。
「……おはよう、ピィ」
「おはよ、……」
ねぼけているのか、ぼんやりした声。
しあわせだな、と胸の内で思う。
頭を撫でる手をまた動かそうとすると、顎を反らしてずらされた。
「やめろ。また寝る」
「……別に、眠いなら寝てもいいのに」
またあの顔を見ていられるなら、それでも別にいいのにな。
こちらのそんな思いを知ってか知らずか、彼は首を横に振る。
「だめ」
のそり、と身を起こす気配がするので立ち上がる。
少し名残惜しい気持ち。
……でも、次の瞬間そんなの吹き飛んでしまった。
「今日は闘うって約束だろ」
「…………ぅ、ん」
う、と言葉に詰まる。そわそわする。
この友人は、どうしてこんなに自分を喜ばせるのがうまいんだろう。
うまく言葉が出なくて喉が詰まると、ピィは ふはっ、と小さく笑った。
「口元、にやけてるぞ」
「…………!」
ぺしり、尻尾で顔をはたく。『ぶわ』と間の抜けた声がする。
緩んでいるらしい表情をさっさと隠してしまいたくて、寝台に背を向けて。
「は、早く……いこ。そんなこと言ってないで」
「はいはい。……ったく……」
……からかわれたのは腹が立つけど。
でも、闘うのを楽しみにしているのはほんとうで。
そんなの絶対、バレているに決まってる、から。
元気に動き回る尻尾をごまかすことは諦めて。
「……先に廊下で待ってる」
そう声をかけて、彼の身支度を待つことにした。
さて、今日は、どんな武器を──…
────は?
ばっ、と身を起こす。
寝台の上。さっきまでいたのと、よく似た……ほとんど同じ作りの一室。
でも、置いてある荷物や窓から見える景色、細かいところはよく見れば違う。
……当たり前だ。ここは、ピースィレナイア・メイラースの部屋ではない。
私の、私が寝泊まりしている──
「…………ゆめ?」
理解した瞬間、うぐう、と変な声が出た。
なんだあの夢。
いや、眠たげな友人を寝かしつけた経験なら、確かにある。
ある、けれど──
故郷の子守唄なんてうたった覚えはないし。
朝まで見守ったりだって、していない、……のに。
「うぐう…………」
なんだあれ。なに?
闘うのが楽しみで……にしたって。
つい昨夜、ピィの世界についていく話をした……にしたって。
だからって???
「…………………………、」
……動揺が表に出にくい肌色で、よかった。
さて、あとはこの、じたばた暴れる尾と耳をなんとするか──というか、ふつうに顔合わせられるか、これ?
なに?????
「ウゥヴウゥゥヴ、ヴゥ~…………」
それからしばらく、一人敷き布の上でごろごろしていたせいで。
いつもよりずっと、部屋を出るのが遅れてしまったのは──ここだけの話。