RECORD

Eno.367 フィリア・バルナルスの記録

『天津風 Ⅹ』

―― それからは、施設で平穏な日々を過ごしていた。
強くなるために身体を鍛え、タルタニアやサヴァジャーを志望する身内で手合わせをし、戦闘経験を積んでいく。
気づけば3年の月日が経過しており、大人の境界線も間近に迫った8歳になった。


「フィリアってさあ、口は悪いけどすげぇ可愛いよな」


フィリア
「はぁ? 俺が可愛い?」


「ねぇ~可愛いよね。お目目ぱっちりだし、髪の毛さらさらふわふわだし。
 お手入れなしとは思えないもん」


フィリア
「可愛いって言われんの、舐められてるみてぇでヤだな……」


「そんなことないよ、皆褒めてるんだよ。
 愛らしくってときめいちゃう、いいことなんだよ!」


フィリア
「えぇ~……そうかあ?
 お前なんざ一ひねりにしてやらぁ!! って、侮蔑じゃね?」


「ひねくれてんなぁ。けど、まあ……フィリアの言い分も分かるなあ」


「不細工より可愛いの方が絶対得じゃん」


フィリア
「それはそう」




施設の人間は随分と可愛いと褒めてくれた。
最初は眉間に皺を寄せていたが、それを気に入らなかったのか、むしろエスカレートしていった。
思い返すと、あれは素直に受け取れるように誉め言葉だと認識させようとしていたのだろう。
謙遜や否定せず、自信を持って胸を張っていられるようにと。

その目論見通り、だんだん嫌悪感は抱かなくなっていった。
負の先入観が取り払われ、そういうものなのだと納得するようになっていた。
一番の説得力があった言葉は、それこそ不細工より可愛いの方が得じゃんの一言だったが。



「あら、ジャガイモを切らしてるわ。
 どうしましょう、他ので代用するにはコストオーバーしちゃうし……」


フィリア
「ん? 食材が足りねぇのか。俺が買ってくるよ」


「ほんと? 助かるわ。
 じゃあこのカゴいっぱいになるまで買ってきてくれる?
 お金はこれね」


フィリア
「あいよ、すぐそこのでいいんだろ?
 ちょっと行ってくるぜ」




子供の足でも片道5分程度の場所だ。カゴいっぱいのイモだって、少し鍛えている子供であれば軽々持ち運べた。なんてことのない、ただのお使いだ。

子ウサギは知っていた。
この街では力が全てで、弱者には存在価値などないことを。

子ウサギは知らなかった。
存在価値がない弱者に与えられる役割というものを。


巣穴で大きくなったウサギは、いつも親に当たるウサギが巣穴を守ってくれていた。
すぐそこまで。そのすぐそこに至るまでに、
いったいどれほどの天敵が目を凝らして獲物を狙っているかを、彼女は知らなかったのだ。