RECORD
日記21
顔見知りや数回話した程度の友達であれば、縁が切られたとしてもそういうものだと割り切ることができる。
あざとい演技で人の心を掴み、ファンにさせる。だから嫌われると都合が悪い。
自身の心に深入りされたいわけじゃない。別に親しい仲になるつもりはない。
人を頼るのであれば自身の事情をさほど知らない人間の方が都合がいい。弱い部分を見せて掌返しを受けても受け入れられるから。
親しくなりすぎると、裏切られたときの痛みに耐えられなくなる。
だから親しくなるのであれば、他人に興味のない人間の方が都合がいい。
卑劣な欲も、歪んだ愛も知っている。よく人を見て、警戒して生きろ。
……振り返ればば、あらゆる人に対してその心構えで生きていたな、と思う。
別に生き辛さ自体はそこまで感じたことはない。
友人にも恵まれて、楽しい日々を送ってきた。
自分を好きになってくれた人との交流も好きだった。
中にはとんでもなく退屈な人間もいて、所謂『ハズレ』もあったけれど。
充実した日々を送っていた。
自分の過去を知って、『可哀そう』と思う人はいるかもしれないけれど。
どこにでもある境遇で、運良く助けてもらって、夢を与えられた恵まれた人間だと自分は思っている。
捨て子なんてダオドラでは珍しくない。
拾われて、居場所と生きていく術を与えてくれた。
憧憬を抱いた姿は今でもはっきりと覚えている。
傷つくことはあれど、その全てが悪いものであったとは思わない。
傷ついたからこそ、両足で立って夢を掴むために空を駆けてゆける。
フィリア・バルナルスという人間はカルザニア王国で名を上げることに成功している。
R1のウサギとは思えない実力も注目もされ、無謀な挑戦は順調に満ち始めている。
ただ。人と深く関われない呪いにかかっているだけ。
たった、それだけのこと。
「儂はお前に魅了された。お前を好きになっちまった。
胸の奥で燻ぶっていた切望は、いつの間にか慕情に変わっていた。
月に手を伸ばしたいと、そう思っちまったんだ」
告げられたとき、自分の中で「やっぱり」と声が上がった。
その次に、疑問符。その線は考えていなかったでしょ、と少し遅れて感情と思考の食い違いに気づく。
気づかないはずがないんだよ。
扇の舞であんな反応になったのも。
友達だと言って無言になっていたのも。
私だけを特別気にかけてくれるのも。
全部全部、気づいていたはずなのに。
いつもの常套手段。自分の心すら欺いて、自分の心を誤魔化す。
気づかずにいれば。その感情を友達だとしてしまえば。
自分を守れるなんて、ずるいやり方。
「…………ま、だけどさ。お前はこういうの、嫌いだろ?」
「誰かの物になるとかならないだとか、惚れた腫れただとか。
そういう物に縛られて、身動き取れなくなることが。
変に拗らせた厄介なヤツに、その腕を掴まれることが」
「儂を信じるなんて、もう無理だろう。
だけど、これだけは伝えさせてくれ。お前に手を伸ばしたのは。
苦しみを見逃せなかったのは。純粋に、お前を助けたかったからだ」
―― あぁ、この人は怖がっている
触れることをためらっている。手を伸ばさずに居ようとしている。
私の内面を知っている。だから、終わらせようとしている。
この人は、悲しくなるくらいに不器用だ。
私のことを想うがあまり、不幸な道を歩もうとしている。
愛玩動物にするつもりでもない。好意を手に入れようと付きまとうわけでもない。
小動物だと舐めて暴力を振るうわけでもない。拗らせて監禁しようというわけでもない。
「……お前が望むなら。この言葉も、この心も。
出会った事だって、全て無かったことにしても良い。
お前を苦しめたいわけじゃないんだ。自分のエゴが耐えきれないだけさ」
―― この人は、私のために自分が辛い選択肢を持ち出している
二律背反になる。
手を伸ばしたい自分と、逃げ出したい自分。
目を閉じて、どうしたいかを……隠して傷つけて、見えなくなった本心に。
けれど、逃げないと決めて。少しだけ今はちゃんと向き合える本心に、問いかけて。
大丈夫だよ。
私は、知っているはずだよ。
「彼女は、共に苦しみを背負い、
それでも足掻くものを隣に置きたい、と言った。
あんなに弱っている彼女が、
それでも足掻こうとしているのがわかった。
共に、そうする相手を望む、というのも。
彼女なりに、足掻こうとしている証拠だ」
「俺は、彼女がこうして生きていること。
その、生き方。
前に進み、立ち、苦しみながらも。
俺のように、弱ったものに、手を伸ばす。
そうして、自分も、少しずつ強くなっていく。
ただ、そのぶん弱い部分も、もちろんできる。
……俺は、そうだな」
「俺は、彼女と共に足掻きたいんだ」
どこまでも純粋な恋心を見た。
湖の守り人は、随分と清らかな人だったことを知っている。
「……辛かった。
色んな奴が変わっちまったけど、
あいつが変わったことがここで一番辛かったんだ。
だから、カッコつけて、あいつの力になろうとしたけど、
今度は俺の方が縋っちまっているんだもんな……」
「……だが、いまそれに気づけて良かった。
このまま、あいつに縋ったままだったら、
遠からず、あいつを傷つけずていたはずだ。
そうならなかったのは、幸いだ。
……すまないな、フィリア。
情けないところを見せてしまって」
人を想うが故に思い悩む人を見た。
独りよがりな心をちゃんと省みて、また歩き出せた人を知っている。
「心配してたんだ、寒くないかなって。
ちゃんとご飯食べられてるかなって、ずっと心配だったの」
「ここに来てよかった。ここの人たちと上手くやってるって、分かった。
だったらそれでいいの。それで充分」
「ちゃんとたくさん眠って、ご飯食べてね。
怪我しないようにするんだよ。お姉ちゃんはもう行くね」
「フィリアちゃんは。
私にとって、大切で大好きな……かけがえのない妹だからだよ」
「あのね、フィリアちゃん。
私は、フィリアちゃんが幸せだったらそれでよかったんだよ。
だけどね、それだけじゃダメなんだって、分かった」
「私も頑張るよ。私は ――」
目の前と同じように、私の幸せのために私から去った人を、ここに来る前から知っている。
同じやり方だ。何も変わらない。
……大丈夫。
世界は悪意も多くて、牙を隠して獲物を待つ獣も多いけれど。
その全てが悪じゃないことは、知っている。
ねぇ。
あの時と同じ選択をする?
それとも。
あの時とは、違う選択をする?
どうしたいかはもう知っているはずだよ。

「――――、」
―― 答えはあっさりと出た。
まだ、恋愛感情は抱くことができないし、もしかしたら嫌なことを思い出して突き放すことも出てくるかもしれないけれど。
そんなことよりも、あなたが傍を離れることの方がずっとずっと嫌だったから。
いつか、『 』って。
テンタティブに、伝えられる日が来ることを願って。