RECORD
Eno.566 マリナ・ザ・ストレンジの記録
怪異譚というのは、いつだって寓話的である。
何か特定の行いをさせないために怪異の力を借りることもあれば、
何か特定の行いをさせるために人が力を借りることもある。
東洋では妖怪がその役割を果たしていたし、
西洋では妖精がその役割を果たすことが多い。
もっと言えば、悪い子を咎める黒いサンタクロースも
いい子を認める赤いサンタクロースも私に言わせれば怪異だ。
私の隣に座る、赤髪の彼女もそう。
彼女が一体、どうして生まれたのかは未だわからないけれど。
「どうしてあなたは、わたしの話を広めようとするの?」
「どうしてだと思う?」
絞りたてのオレンジジュースを片手に、大きなチェアに体重を預ける。
もはや、私が彼女に直接何をすることもない。
言葉はすでに、この小さな島の中で廻遊している。
つまり、なるようになるし、ならなかったらならなかったとき。
一手は既に打っているから、それ以上やることもない。
ならば、おしゃべりに興じるのもまた一興。
「……どうして、」
「別にあなたに消えてほしいなんて思ってないわあ」
「?」
彼女は首を傾げた。
「ここが延々と凪ぐのに困ってるだけだもの。
凪ぎませんね、ってあなたが言ってくれれば解決」
「ここに居たくないの?」
「たまに来るにはいいけれど、ずうっと暮らすのはねえ……」
彼女は再び首を傾げた。
「どうしてずうっと暮らせない、の?」
「飽きっぽいのよ、私。刺激的な暮らしが恋しくなるのよ」
「恋しい?」
「ええ」
彼女はほんの少し考える素振りを見せて、口を開いた。
「どんな気持ち?」
「いま、自分のそばにないものを望むような気持ち」
「ここを出た旅人のことを考えるような?」
「そうね」
簡単な問答の中で、彼女は「恋しい」を理解してみせたし、
ここを出た旅人がいるということも明らかにした。
つまり、ここは絶対に出られないバミューダ監獄ではないことの証左。
「人間は、ないものばかりを欲しがるものなのよ」
「わたしは、あるものを離さない……」
「人間じゃないかもしれないわね」
彼女の静かな横顔は、どうやら考え込んでいるようだった。
● 《潮騒の》マリナ・ザ・ストレンジ - 13
怪異譚というのは、いつだって寓話的である。
何か特定の行いをさせないために怪異の力を借りることもあれば、
何か特定の行いをさせるために人が力を借りることもある。
東洋では妖怪がその役割を果たしていたし、
西洋では妖精がその役割を果たすことが多い。
もっと言えば、悪い子を咎める黒いサンタクロースも
いい子を認める赤いサンタクロースも私に言わせれば怪異だ。
私の隣に座る、赤髪の彼女もそう。
彼女が一体、どうして生まれたのかは未だわからないけれど。
「どうしてあなたは、わたしの話を広めようとするの?」
「どうしてだと思う?」
絞りたてのオレンジジュースを片手に、大きなチェアに体重を預ける。
もはや、私が彼女に直接何をすることもない。
言葉はすでに、この小さな島の中で廻遊している。
つまり、なるようになるし、ならなかったらならなかったとき。
一手は既に打っているから、それ以上やることもない。
ならば、おしゃべりに興じるのもまた一興。
「……どうして、」
「別にあなたに消えてほしいなんて思ってないわあ」
「?」
彼女は首を傾げた。
「ここが延々と凪ぐのに困ってるだけだもの。
凪ぎませんね、ってあなたが言ってくれれば解決」
「ここに居たくないの?」
「たまに来るにはいいけれど、ずうっと暮らすのはねえ……」
彼女は再び首を傾げた。
「どうしてずうっと暮らせない、の?」
「飽きっぽいのよ、私。刺激的な暮らしが恋しくなるのよ」
「恋しい?」
「ええ」
彼女はほんの少し考える素振りを見せて、口を開いた。
「どんな気持ち?」
「いま、自分のそばにないものを望むような気持ち」
「ここを出た旅人のことを考えるような?」
「そうね」
簡単な問答の中で、彼女は「恋しい」を理解してみせたし、
ここを出た旅人がいるということも明らかにした。
つまり、ここは絶対に出られないバミューダ監獄ではないことの証左。
「人間は、ないものばかりを欲しがるものなのよ」
「わたしは、あるものを離さない……」
「人間じゃないかもしれないわね」
彼女の静かな横顔は、どうやら考え込んでいるようだった。