RECORD
Eno.710 ナティルノイア・メイラースの記録
これは、今から何日か前の出来事。
話し合いの末ついていく、と決めて。
彼の生きる場所での、これからの生活について、
友人と話し合った時の記憶だ。
──家族とはあまり会わないようにしていた、と彼は言った。
夢魔としての血を自分たちに継がせた両親への、不信にも似た複雑な感情。
血に穢れた手を持つ自分を、素直に慕ってくれる弟妹たちへの申し訳なさ。
距離を置くことが、特に心優しい妹に寂しさを覚えさせていると知っていて。
それでもその手を取るわけにいかない、という思いがあること。
……でも、私を預ける先として、そこ以上の場所を思い付きはしないから。
もしピィの世界に行くのなら、話し合いを持つつもりでいる、と。
「……無理してない?」
「え」
問いかけると、こちらをまっすぐ見ていた目がぱち、と瞬く。
この友人の表情は薄い。
でも、性状はとても素直だから……なんというか。
……よく見ていれば、気配に出る。
私のように、目に見えるわけではないけれど。
出る。大体出る。そりゃあもう、出る。
今は……いろんなことを思い出して。
重たいものを腹の底に抱えているような、……いや。
ずっと抱えて続けている重たいものと、ようやく目を合わせたような。
そんな顔をしているように、見えた。
「無理、させてない?」
もう一度、問いかける。
聞いたらたぶん答えてくれる、と思った。
ごまかしたいことでも。少し迷って、それでもきっと答えてくれる、って。
……これはたぶん、目を逸らしちゃいけないことだ。
このまま甘えてしまったら、たぶん私は後悔するから。
「俺は、……」
開かれる口。ぴくり、と耳をそば立てる。
友人の言葉が、よく聞こえるように。聞き逃さないように。
「──この生まれのこと、大嫌いだった」
真情の籠もった響き。
……心底から言っているとわかる、吐き捨てるような。
「どんなにいいことがあっても、『これは現実なのか』ってどこかで疑ってる。
痛みを感じるとほっとする。
何もない穏やかな生活より、危険なほうがずっといい、って思う。
……思うように、なった」
安らかすぎると嫌だから。まるで、夢みたいだから。
「他にも、……いろいろあって」
搾り出すような響き。
聞かせたくない、というよりは、話したくないこと、なのかもしれない。
いつか聞かせてもらえるかな、とちらりと思う。
「……家にいちゃ、いけないと思って。
誰もそんなこと言ってないのに、自分から勝手に、距離を置いて」
「ドーニャたち……家族に出会って、居場所をもらえた、って感じた。
ここなら俺にも息ができる、って」
その話をした瞬間だけ、ピィの顔つきが安らぐ。
それがうれしくて、せつなくて、胸がきゅっとした。
聞いてるだけなのに。変だな。
「……でも、」
「それは、別に。家が嫌いだ、とか。そういうんじゃ、なくて」
生まれのこととか。どうしてこんな、って憤りとか。
こんな俺なんかが、……とか。
「一人で壁を作ってただけで。
俺はロトやアルマのことが大好きだし、
……母さんや父さんのことだって、嫌いじゃない。
それは、本当」
そこまで言って、ピィはふう、と息をつく。少し長い間。
……一生懸命考えた言葉。嘘のない、できるだけ、こちらに伝わりやすい、……
もう。こんな時まで、優しい。こいつ。呆れるくらい。
「……じゃあ、」
今度は、私が口を開く番だった。
手を伸ばす。指輪で飾られた手を、取る。
……ピィは一瞬、珍しく慌てたみたいだった。
少し疑問に思って、すぐに気付く。
……ああ。さっきの火花のこと、気にしてるんだな。
ばかだなあ。いいのに、そんなの。
「ピィが、仲直りしやすいように。
私もピィの家族の前で、いい友達でいられるように、がんばる」
なんでもする、って言ったけど。
右も左もわからない世界に行って、生活の基盤も何もなくて。
たぶん世話になるのは、迷惑をかけるのは、断然私のほうに決まっていて。
だから──今約束できるのなんて、それくらいしか、なくて。
「だいじょうぶ。一緒に、がんばろう」
ああ、それでも──
こうして、言葉をかけられるのは。
傍にいて、手を取れるのは、
……しあわせだ。きっと、これ以上ないくらい。
「………………うん、」
小さく頷く声がする。
大きな身体が、子供みたいに縮こまる。
その声はどこか泣きそうにも──不思議とうれしそうにも、聞こえた。
話し合いの、はなし
これは、今から何日か前の出来事。
話し合いの末ついていく、と決めて。
彼の生きる場所での、これからの生活について、
友人と話し合った時の記憶だ。
──家族とはあまり会わないようにしていた、と彼は言った。
夢魔としての血を自分たちに継がせた両親への、不信にも似た複雑な感情。
血に穢れた手を持つ自分を、素直に慕ってくれる弟妹たちへの申し訳なさ。
距離を置くことが、特に心優しい妹に寂しさを覚えさせていると知っていて。
それでもその手を取るわけにいかない、という思いがあること。
……でも、私を預ける先として、そこ以上の場所を思い付きはしないから。
もしピィの世界に行くのなら、話し合いを持つつもりでいる、と。
「……無理してない?」
「え」
問いかけると、こちらをまっすぐ見ていた目がぱち、と瞬く。
この友人の表情は薄い。
でも、性状はとても素直だから……なんというか。
……よく見ていれば、気配に出る。
私のように、目に見えるわけではないけれど。
出る。大体出る。そりゃあもう、出る。
今は……いろんなことを思い出して。
重たいものを腹の底に抱えているような、……いや。
ずっと抱えて続けている重たいものと、ようやく目を合わせたような。
そんな顔をしているように、見えた。
「無理、させてない?」
もう一度、問いかける。
聞いたらたぶん答えてくれる、と思った。
ごまかしたいことでも。少し迷って、それでもきっと答えてくれる、って。
……これはたぶん、目を逸らしちゃいけないことだ。
このまま甘えてしまったら、たぶん私は後悔するから。
「俺は、……」
開かれる口。ぴくり、と耳をそば立てる。
友人の言葉が、よく聞こえるように。聞き逃さないように。
「──この生まれのこと、大嫌いだった」
真情の籠もった響き。
……心底から言っているとわかる、吐き捨てるような。
「どんなにいいことがあっても、『これは現実なのか』ってどこかで疑ってる。
痛みを感じるとほっとする。
何もない穏やかな生活より、危険なほうがずっといい、って思う。
……思うように、なった」
安らかすぎると嫌だから。まるで、夢みたいだから。
「他にも、……いろいろあって」
搾り出すような響き。
聞かせたくない、というよりは、話したくないこと、なのかもしれない。
いつか聞かせてもらえるかな、とちらりと思う。
「……家にいちゃ、いけないと思って。
誰もそんなこと言ってないのに、自分から勝手に、距離を置いて」
「ドーニャたち……家族に出会って、居場所をもらえた、って感じた。
ここなら俺にも息ができる、って」
その話をした瞬間だけ、ピィの顔つきが安らぐ。
それがうれしくて、せつなくて、胸がきゅっとした。
聞いてるだけなのに。変だな。
「……でも、」
「それは、別に。家が嫌いだ、とか。そういうんじゃ、なくて」
生まれのこととか。どうしてこんな、って憤りとか。
こんな俺なんかが、……とか。
「一人で壁を作ってただけで。
俺はロトやアルマのことが大好きだし、
……母さんや父さんのことだって、嫌いじゃない。
それは、本当」
そこまで言って、ピィはふう、と息をつく。少し長い間。
……一生懸命考えた言葉。嘘のない、できるだけ、こちらに伝わりやすい、……
もう。こんな時まで、優しい。こいつ。呆れるくらい。
「……じゃあ、」
今度は、私が口を開く番だった。
手を伸ばす。指輪で飾られた手を、取る。
……ピィは一瞬、珍しく慌てたみたいだった。
少し疑問に思って、すぐに気付く。
……ああ。さっきの火花のこと、気にしてるんだな。
ばかだなあ。いいのに、そんなの。
「ピィが、仲直りしやすいように。
私もピィの家族の前で、いい友達でいられるように、がんばる」
なんでもする、って言ったけど。
右も左もわからない世界に行って、生活の基盤も何もなくて。
たぶん世話になるのは、迷惑をかけるのは、断然私のほうに決まっていて。
だから──今約束できるのなんて、それくらいしか、なくて。
「だいじょうぶ。一緒に、がんばろう」
ああ、それでも──
こうして、言葉をかけられるのは。
傍にいて、手を取れるのは、
……しあわせだ。きっと、これ以上ないくらい。
「………………うん、」
小さく頷く声がする。
大きな身体が、子供みたいに縮こまる。
その声はどこか泣きそうにも──不思議とうれしそうにも、聞こえた。