RECORD

Eno.566 マリナ・ザ・ストレンジの記録

● 《潮騒の》マリナ・ザ・ストレンジ - 14


「人間と、それ以外の違い?」

私のばら撒いた噂話も根を張り始めた某日。
彼女は、なんともアカデミックなことを私に問いかけた。

「もし、わたしが人間じゃないのだとしたら……
 わたしとあなたには、どんな違いがあるの、でしょうか」
「違い、ねえ」

性質として他者を擬する怪異がそれを語るのは、なんとも奇妙なものだった。
他者の〈零次観測地点せかいかん〉に侵襲するような怪異ばかりを見てきた私にとって、
他己――蛸だけに――の線を引いて、合意を鍵とする怪異の言葉は
ある種新鮮でもあったし、ある種学術的興味が唆られるものでもあった。

デッキチェアに体重を預けて、砂浜に座る彼女に視線を移す。

「人間はそう変わるものじゃない、って、言ったでしょう?」
「言ったわねえ」
「それなら、人間はどんな時に変わるの、でしょう」

線を引く。
わたしとあなたの境界線に線を引く。
擬態というのは擬する対象ありきの行為である。
つまり、明確にあちらとこちらを隔ち、線を引く行為であるといえる。

彼女は、変わる自分と、変わらない人間の重なり合う点を探している。
これが怪異としての性質だとするなら、奇妙なものだと思う。
好奇心によって問いかけるわけではなく、自らを強固にするための問いかけ。
彼女は、非常に出来のいい怪異であると判断するに、十分足りる。

「心変わりをしたときよ」
「心、変わり……」

彼女の呪いが強固な理由を、私はなんとなく理解してきていた。
異なる現実が存在することを受け入れられる存在だからこそ、
重なった現実――即ち、同意したものの強度が増していく。

私の噂話は、彼女の腕を一本くらいは捥いだかもしれないけど、
結局のところ、まだたった一本を捥いだだけ。
海の悪魔にとっての腕一本と人間にとっての腕一本の重さは違う。

「心は、変わるものなの、でしょうか」

姿こそ変われども、心変わりをしない怪異。
現状を停滞させ、そこに繋ぎ止めることを得意とする怪異。
彼女を口説き落とすには、もう少し時間がかかりそうだった。