RECORD
Eno.566 マリナ・ザ・ストレンジの記録
「とは言っても、あなたと人間が……あなたと私が、
そんなに大きく変わるかといえば、私はそうは思わないわねえ」
「?」
彼女が私との合意を根拠に私をここに留まらせたのと同じく、
私も他人との合意を根拠に力を振るう咎人だから、
私と彼女の〈零次観測地点〉を意図的に重ねる。
呪いというのは、断ち切れぬからこその呪いだと信じている。
ご都合主義の鋏も、空想上の孤島も縛られ、巡り、
細かい意伝子へと分解されてあらゆる世界を循環る。
誰かを呪うということはまた自身も呪われるということであり、
因果は至るべく場所へと帰結し、またその因果は他者によって運ばれる。
それが祝福であったとしても、それが呪詛であったとしても。
一度生まれた言葉は、意図せずとも勝手に循環る。
誰かによって語られた言葉は広がり煮込まれ溶けて混ざり合う。
それが世界。わたしたちの暮らす、退屈な日々。
「人の心は変わるものだから、変わらないように誓うのよ」
「心は変わるものなのに、誓えるの?」
「ええ。変わるものだから、誓うの」
それは少年の日の「また明日」に始まり、
数多の証人のもとで誓われる「永遠の愛」だったり、
針を千本飲ませる「指切り」なんて誓いの形であったり。
「変わらないなら留めておく必要はないでしょう?
でも、変わるからこそ留めておくのが大事だって……実際問題、
あなただって気付いているから『ここ』を大事にしてるんでしょ?」
「…………」
彼女が頭で理解している必要なんてない。
彼女の呪いは変わることを恐れる形をしているから、
彼女が誰しもの心は変わるものだと信じていることの証左に他ならない。
「わざわざ嘘をつかなくたっていいのよ。
嘘と化粧は女の魅力の大半だけど、あなたに嘘は似合わない」
「嘘」
「つくりものなんかなくたって、あなたの魅力は変わらない」
デッキチェアから腰を上げて、彼女の目の前に顔を寄せる。
ビーチに広がる海と同じ、緑色の双眸。
怪物にはお誂えの瞳に視線を注いで。
「それに、ここは別に嘘っぱちってわけでもないでしょう。
ここから出られなくて困らない人がごまんといるわけなんだし。
あなたのついた嘘も、留める必要がないくらいには本物になったでしょ」
「でも、」
「誰も彼もの心なんて、簡単に手に入るものじゃないわ」
ほんの少しだけ、過去のことをいくつか思い浮かべて私は笑う。
「簡単に手に入らない――片思いが、一番楽しいものなのよ」
怪異にこんなことを教えるのはどうかと思ったけれど、
「女」の先輩としてはこれを教えないわけにはいかなかったから。
「あなただって、ここを出た旅人が戻ってきたら良いのにって、思うでしょ?」
彼女は、こくんと頷いた。
「だから、私はここじゃないどこかに行くわ。
あなたの呪いを叶えるために、私はあなたのいない場所に行く。
そのために、この島を出る必要があるの。……それとも、一緒に行く?」
ほんの少しだけ情が湧いてしまったから――
寂しがりには甘い私だから、つい、魔が差してそう聞いてはしまったけれど、
目の前の彼女はしっかりと、黙って首を横に振った。
● 《潮騒の》マリナ・ザ・ストレンジ - 15
「とは言っても、あなたと人間が……あなたと私が、
そんなに大きく変わるかといえば、私はそうは思わないわねえ」
「?」
彼女が私との合意を根拠に私をここに留まらせたのと同じく、
私も他人との合意を根拠に力を振るう咎人だから、
私と彼女の〈零次観測地点〉を意図的に重ねる。
呪いというのは、断ち切れぬからこその呪いだと信じている。
ご都合主義の鋏も、空想上の孤島も縛られ、巡り、
細かい意伝子へと分解されてあらゆる世界を循環る。
誰かを呪うということはまた自身も呪われるということであり、
因果は至るべく場所へと帰結し、またその因果は他者によって運ばれる。
それが祝福であったとしても、それが呪詛であったとしても。
一度生まれた言葉は、意図せずとも勝手に循環る。
誰かによって語られた言葉は広がり煮込まれ溶けて混ざり合う。
それが世界。わたしたちの暮らす、退屈な日々。
「人の心は変わるものだから、変わらないように誓うのよ」
「心は変わるものなのに、誓えるの?」
「ええ。変わるものだから、誓うの」
それは少年の日の「また明日」に始まり、
数多の証人のもとで誓われる「永遠の愛」だったり、
針を千本飲ませる「指切り」なんて誓いの形であったり。
「変わらないなら留めておく必要はないでしょう?
でも、変わるからこそ留めておくのが大事だって……実際問題、
あなただって気付いているから『ここ』を大事にしてるんでしょ?」
「…………」
彼女が頭で理解している必要なんてない。
彼女の呪いは変わることを恐れる形をしているから、
彼女が誰しもの心は変わるものだと信じていることの証左に他ならない。
「わざわざ嘘をつかなくたっていいのよ。
嘘と化粧は女の魅力の大半だけど、あなたに嘘は似合わない」
「嘘」
「つくりものなんかなくたって、あなたの魅力は変わらない」
デッキチェアから腰を上げて、彼女の目の前に顔を寄せる。
ビーチに広がる海と同じ、緑色の双眸。
怪物にはお誂えの瞳に視線を注いで。
「それに、ここは別に嘘っぱちってわけでもないでしょう。
ここから出られなくて困らない人がごまんといるわけなんだし。
あなたのついた嘘も、留める必要がないくらいには本物になったでしょ」
「でも、」
「誰も彼もの心なんて、簡単に手に入るものじゃないわ」
ほんの少しだけ、過去のことをいくつか思い浮かべて私は笑う。
「簡単に手に入らない――片思いが、一番楽しいものなのよ」
怪異にこんなことを教えるのはどうかと思ったけれど、
「女」の先輩としてはこれを教えないわけにはいかなかったから。
「あなただって、ここを出た旅人が戻ってきたら良いのにって、思うでしょ?」
彼女は、こくんと頷いた。
「だから、私はここじゃないどこかに行くわ。
あなたの呪いを叶えるために、私はあなたのいない場所に行く。
そのために、この島を出る必要があるの。……それとも、一緒に行く?」
ほんの少しだけ情が湧いてしまったから――
寂しがりには甘い私だから、つい、魔が差してそう聞いてはしまったけれど、
目の前の彼女はしっかりと、黙って首を横に振った。