RECORD
Eno.58 ミオリッツァの記録
夜の暗闇に対して牙を剥くように、炎の塊が光を放ちそこは昼間のように明るかった。
腕の中で呻く温もりを介抱しながら、俺はじっとそれを見つめて、噛み締めて、息を吐く。
戦争だ。戦争だった。それも、なんの律も統率もない、救いようにない殺し合いだった。
ゆらゆらと炎が揺らめく度に、光と熱波が肌と目を撫で、耳には遠くの喧噪だけが聞こえた。
「ねえ、教えて」
腕に抱く温もりが身じろぎして、言った。
女だ。修道院で祈りを捧げ、神の名の下に奉仕と献身と、教えの実践を望んだ者。
今、その修道院も燃えている。彼女の住んでいた、街のすべてが燃えている。
「なんだ?」
顔にかかった前髪を払ってやりながら、俺は返す。
彼女の目は虚ろだ。鼓動も弱々しい。今にも消えてしまいそうだ。
けれど、なにもできない。彼女も、誰も彼も、異端の救いを求めていない。
「こうやって世界は終わっていくの……?」
「いいや」
顔を上げて、炎を見た。
街のすべてが燃え上がっていく。なにもかも、すべて。
祈りの場も、憩いの場も、酒場も、賭場も、平等に。
「こうやって生命は生きていくんだ」
「……哀しいことを言う人ね、あなたは」
「俺は、生命ではないから」
だから、という言葉を発する前に、腕の中の温もりが重くなる。
ほう、っとなにかが抜けていくような吐息が口から漏れ、静かになった。
訳もなく、叫びたかった。大粒の涙を流したかった。もう出来ない癖に。
「だから……」
虚ろに空を見つめたままの両目の瞼を、そっと閉ざす。
乱れた髪を整えてやり、両手を胸の前で合わせてやり、姿勢を正してやる。
顔にかかった煤も血もふき取り、手には彼女の護符を握らせる。
死が冒涜されないように、深く土を掘り返し、彼女をそこに埋めた。
形のいい石をいくつか探して、それを積み重ねて墓標代わりにした。
気づけば、朝日が燃え尽きた街を、焦げて壊れた街を照らして、煙が幾つも立ち上っていた。
「だから……、なんだって言うのだろうな」
お前たちはもう、死んでしまったというのに。
墓標
夜の暗闇に対して牙を剥くように、炎の塊が光を放ちそこは昼間のように明るかった。
腕の中で呻く温もりを介抱しながら、俺はじっとそれを見つめて、噛み締めて、息を吐く。
戦争だ。戦争だった。それも、なんの律も統率もない、救いようにない殺し合いだった。
ゆらゆらと炎が揺らめく度に、光と熱波が肌と目を撫で、耳には遠くの喧噪だけが聞こえた。
「ねえ、教えて」
腕に抱く温もりが身じろぎして、言った。
女だ。修道院で祈りを捧げ、神の名の下に奉仕と献身と、教えの実践を望んだ者。
今、その修道院も燃えている。彼女の住んでいた、街のすべてが燃えている。
「なんだ?」
顔にかかった前髪を払ってやりながら、俺は返す。
彼女の目は虚ろだ。鼓動も弱々しい。今にも消えてしまいそうだ。
けれど、なにもできない。彼女も、誰も彼も、異端の救いを求めていない。
「こうやって世界は終わっていくの……?」
「いいや」
顔を上げて、炎を見た。
街のすべてが燃え上がっていく。なにもかも、すべて。
祈りの場も、憩いの場も、酒場も、賭場も、平等に。
「こうやって生命は生きていくんだ」
「……哀しいことを言う人ね、あなたは」
「俺は、生命ではないから」
だから、という言葉を発する前に、腕の中の温もりが重くなる。
ほう、っとなにかが抜けていくような吐息が口から漏れ、静かになった。
訳もなく、叫びたかった。大粒の涙を流したかった。もう出来ない癖に。
「だから……」
虚ろに空を見つめたままの両目の瞼を、そっと閉ざす。
乱れた髪を整えてやり、両手を胸の前で合わせてやり、姿勢を正してやる。
顔にかかった煤も血もふき取り、手には彼女の護符を握らせる。
死が冒涜されないように、深く土を掘り返し、彼女をそこに埋めた。
形のいい石をいくつか探して、それを積み重ねて墓標代わりにした。
気づけば、朝日が燃え尽きた街を、焦げて壊れた街を照らして、煙が幾つも立ち上っていた。
「だから……、なんだって言うのだろうな」
お前たちはもう、死んでしまったというのに。