RECORD

Eno.460 アドリアードの記録

故郷の風習

配給されたまずい飯を食べていたとき、
上司が得意げに話していたことがあった。

「いいかベルテーヌ一等兵、
 我が国において婚姻の契りがどのようにされるか知っているか」

「いえ、知りません。興味もありません。
 まずい飯のことで頭がいっぱいであります」

「それは己もだ。
 ならば無知な貴様に教えてやろう」

「興味がないと申し上げたのですが」

「上司の話は黙って聞けと教わらなかったのか。
 ひとつ賢くなったなベルテーヌ一等兵」

「はあ」

「わざとらしくため息をするな!
 それでだ我が国では愛し合う二人がいた場合」

「いた場合どうするのですか。
 聞くつもりはありませんでしたが、
 上司を立てるために敢えて聞いておきます」

「貴様は本当に人を苛立たせるのがうまいな!
 愛し合う二人がいたら、満月の下でともに過ごし、
 女神の祝福を受けるのが慣わしなのだよ」

「へえ、ところで明日の作戦ですが」

「それはあとのブリーフィングで説明する。こっちを向け。
 この慣わしでは他の誰かがいては成立しないものだ、
 二人だけで満月の夜を過ごさねばならない」

「そういうのは基本、証人がいないと成立しないのでは」

「なんでこういうときだけまともなことを言うのだ貴様は。
 満月だ、満月が証人となるから不要なのだ」

「それはまた非科学的というか非論理的な慣わしですね。
 それでは愛し合ってると偽りながら、
 相手を行動不能にして満月の下で共に過ごしたら、
 それだけで婚姻が成立することになりませんか」

「言うな」

「言いますよ」

「貴様はロマンというものを理解せんのか。
 もしくは機微というものを」

「ロマンも機微も理解はしています。
 いまは考えにないだけで」

「ああ言えばこう言うやつだな貴様は本当に!
 わかっていても腹が立つとはこういうことだ」

「何年、自分の上司をされているのでしょうか。
 すでにご存知かと思っていたのですが」

「ああ、存じてるとも。
 それでだ」

「まだ続けるのですか、不毛だと思いますが」

「聞けと言っているだろうが。
 いつかは貴様にもそういう相手がいた場合、
 知っておいて損はないからだ」

「はあ」

「なんだその気の抜けた面構えは、
 まるで自らには縁のない話だと考えてそうだな」

「さすがは自分の上司。
 明日からは読心術を扱う部隊に転属されるとよいかと」

「そんな部隊などあったらとっくに戦争など終わっている。
 いいか、よく聞けベルテーヌ一等兵。家族はいいぞ」

「結局はそれが言いたいだけですか」

呆れた顔になって答えた翌々日、上司は戦車砲でその身を砕かれた。