RECORD

Eno.58 ミオリッツァの記録

大断裂

 しかし、やがて生命は増えすぎ、方々であらゆる生命の死滅と疫病が蔓延り、世は暗雲に包まれる。
 土地は痩せ人々も皮と骨になり、祈りの言葉は空腹と寒さの前に無力であり、炉辺に死者が坐る。
 不幸と理不尽は憤怒と嘆きに変わり、欲望は表出して暴虐と混沌が生命を冒していく。

 
 「白髪の君」は大地を富まし、雨を降らせる。
 「白髪の君」は癒しを齎して、疫病を消し去る。
 「白髪の君」は教え諭して、戦を止めようとする。

 「白髪の君」は、………。
 「白髪の君」は、………。
 「白髪の君」は、………。
 「白髪の君」は、………。
 「白髪の君」は、………。
 「白髪の君」は、………。
 「白髪の君」は、………。


 やがて、彼は気づく。
 この手では、この身のままでは、このままでは世は滅ぶ。
 そうして、このままでは生命は死に絶えるだろうと。

 彼は創造主に元へ飛んだ。大地から離れ空を貫き雲を抜け、黒き真の夜空を飛んだ。
 真の夜空の地平、あるいは境界線にて、失敗作として放り投げた星を砕き、一から新生を試みている創造主に「白髪の君」は言った。


「創造主よ、その力で生命を救い給え」


「それはお前に任せている」

 
「もはやこの身の使える力だけでは、生命はすべて救えぬ」

 
「すべてなど、救わずともよい」

 

 創造主は大地の欠片を嵌め込め終え、真の夜空にそれを浮かべ、生命を大地に降ろしながら言った。



「代わるものなど、いつでも造れる」



 白髪の君は、その新たな大地と生命を見た。
 滅びつつある大地と生命よりも、なお善き大地と生命を。
 そこに小さき者は居らず、人は自明により栄えて増える。
 白髪の君は大粒の涙を流し、それが流星となって夜空を駆けた。



「主よ、なぜこの身は老いぬのか?」


「時間の存在よりも前に創ったからだ」

 
「なぜこの命は尽きぬのか?」

 
「終わりの存在よりも前に創ったからだ」

 
「なぜ他の者と同じようにしなかったのか?」


「お前を変える必要性を感じなかったからだ」


「それがどんな感情をもたらすか考えなかったのか?」


「考えたこともない。創ることがすべてだ」


「―――嗚呼、なるほど、理解した。
        我らは決して分かり合えぬ」




 白髪の君はそうして、旅支度を整える。
 堅牢なる鉄の剣、金飾りの短剣、八つの教えの書、そして一握りの権能。
 それ以外は皆、世のために、人のために、すべて生命のために。

 雌雄は分かたれた。末永く生命を見守る母性をここに。
 日の権能は失われた。いと穏やかに君臨する陽光をここに。
 月の幻想は失われた。赤子を照らす柔らかな月光はここに。
 豊穣の契りは失われた。永久の実りある大地の約束をここに。
 裁定の木槌は失われた。厳かな審判を司る王の横顔をここに。
 そして今、仮初の神の祈りは失われる。
 私は瞬きの間にのみ、あなた方の神になる。

 小さき片割れは大地を包み、またいと小さき片割れは生命を祝福する。
 私の子よ、俺の子よ、儚くも尊き生命たちよ。ここに奇跡を置いていく。
 六つの大陸に住みし者たちよ、八つの教えを受けし者たちよ、四十億の人の子よ。

 雌雄の双子は、白髪の君・・・・は、ありとあらゆる生命を祝福し、汝らを救う。

 そうして、奇跡と相成った。
 白髪の君は消え去り、大地と空は晴れやかに、光がまた戻る。
 大断裂は終わった。白髪の君は失われた。修復は為された。

 八つの教えは再び創造主の御手に戻り、かの小さき者は旅路へと消える。
 そうして、時代は移り変わる。