RECORD
When one door shuts, another opens. xxx
――それは遠い過去。
ルイシャ・ノトゥイがまだ幼かった頃のこと。
「……ルシィの調子はどうですか? 無事に寝付きました?」
「なんとか。薬も飲ませたし、念の為に水にも触れさせたから、乱れてた魔力のバランスも少しは落ち着いてくるだろ。
少なくとも、あいつをはじめて見つけたときよりは早く熱も下がってくるんじゃねェか?
人魚族ってのは不思議なもんだなァ、水に触れるか浸かるかするだけで乱れてた魔力のバランスも整ってくるんだからよ」
「海からやってきた種族ですからね。不老不死の糧にされたり、愛玩用として目をつけられたりと苦労も多い種族でもありますが。
ルシィもあんなところで倒れていたんです、魔力のバランスが崩れて高熱と痛みに苛まれるたびに魘されていますし……きっと怖い思いをしたのでしょう」
「まぁ、そこは確定だろうよ。あんな場所で人魚族の特徴を持ったガキが一人で行き倒れてたンだ、間違いなく怖い思いはしてるだろ」
ぱち、ぱち。赤々とした火がくべられた薪を舐め、音を奏でる。
周囲が完全に夜闇で覆われ、静寂に包まれた野営地では、揺れる炎の明かりも声を潜めて交わされる言葉もよく感じ取れる。
焚き火の近くでマグカップを両手で包み込むように持ち、温かい茶を少しずつ飲んでいた薬師の女性は、少し離れた場所に張ったテントへ目を向ける。
その様子を眺めながら、彼女の相棒としてともに歩む獣人族の傭兵は唇でくわえた煙草に火を灯した。
いつ見ても奇妙な人間だ。こちらが戻ってきた際に聞こえた足音や感じる気配の位置で把握しているのだろうが、時々本当は視えているのではないかと疑いたくなってくるものがある。
少しの沈黙を挟んだのち、薬師の唇が浅く開く。
「……×××。ルシィの髪色は、紫がかった銀なんですよね?」
「ああ。見間違いじゃねェ」
見間違いでもなんでもなく、紫がかった銀の髪であった、と。
改めて彼女に伝えると、薬師の表情にふっと影が落ちた。
「……となると、おそらく……そういうこと、ですよね」
「ちょっと情報を探る必要はあるだろうが、まァ確定だろうよ。ほぼほぼ」
「嫌になってしまいますね。まだあんなに小さな子なのに」
「それが、かつてお前が見てた世界だろ。邪魔になると判断すりゃ相手を蹴落として処分しようとする。
お前だって同じような目に遭ったじゃねェか?」
「再確認したんですよ。あの世界の醜さは、この両目が見えていた頃から感じていましたから」
貴族の世界が豪華絢爛なものに見えるのは表面だけですからね。
静かな声でそう言葉を付け加えて、薬師はテントがある方角へ向けていた目を傭兵へ向けた。
白く染まり、本来の色を失った両目が傭兵の姿を見つめる。
「……ルシィはいつか知ると思いますか?」
「知るだろ。時間はかかりそうだが、あいつは勘がいいからなァ。自分の髪色っつー特徴を材料にして、いつかきっと辿り着く」
「そのとき、どのような選択をすると思います?」
「さあな。俺はあいつじゃねェからわからねぇよ。ただ――」
ふぅ――と空気に紫煙が溶ける。
「やられたらやられっぱなしじゃいられない、一回負けたら一回勝って終わらせる。
あいつの気質はそういう傾向がある。相当な負けず嫌いだし、ありゃァ憤怒や憎悪で自分自身を奮い立たせるタイプだ」
目には目を。歯には歯を。悪意には悪意を。
己を踏みつけた相手へやり返すまで、怒りや憎悪を忘れない。
それは傭兵が戦い方を教える中で見つけた、ルイシャ・ノトゥイという子供に隠されていた気質。
自分自身の身に流れる血の半分はどこから来たのかを知ったら。
その血にまとわりつくものを知ったら。
おそらく、そのときは――。
「……。……ま、あいつが納得できる道を選ぶのを祈ることしかできねェよ、俺たちには」
高熱と激痛に苛まれ、気を失うかのようにして眠りについていたとき。
自身が師と慕う二人の間で、そんな言葉がかわされていたことをルイシャは知らない。